【KEKエッセイ #8】ルミノシティを追い求めて幾星霜 -世界最高の衝突型加速器へ-

   

シュタインバッハさんと落ち合うため、前日の4日、久しぶりにCERNを訪れました。LEPはすでに役割を終え、後を継いだ陽子・陽子衝突型加速器LHCが稼働中でした。旧知のジョン・ジョベットさんに案内されLHC加速器制御室を訪れると、室内ではなにやら華やいだ騒めき。偶然この日は、ヒッグス粒子発見に関する歴史的な記者会見が予定されていたのです。

高エネルギー物理学では、陽子や電子などの集まりを大型加速器でビーム状に加速、高いエネルギーにして標的にぶつけ、その結果生じる「様々な反応」を観測します。1960年代くらいまで、ぶつける標的は静止した液体水素や金属などでした。高いエネルギーに加速すればするほど多彩な反応が起こり、魅力的な研究ができるので、世界中で次々と大型化した高いエネルギーの加速器が建設されていました。

しかし、静止した標的に高いエネルギーの粒子をぶつける方式の前途には、運動量保存則という物理法則が大きく立ちはだかっていたのです。

頭の中で、全く同じビー玉同士をぶつける情景を、想像してください。この場合の「様々な反応」とは、ビー玉がぶつかった時の音の大きさや音の高さ、ビー玉の壊れ方などです。静止したビー玉にもう一つのビー玉をぶつけると、静止していたビー玉は飛んできたビー玉と同じ方向に弾かれます。正確に言えば、2個のビー玉の重心の速度は、ぶつかる前後で変わりません。これは運動量保存則という物理法則の一例です。運動量保存則のために、飛んできたビー玉のエネルギーは、すべてが「様々な反応」生成のために使われるのではなくて、一部は弾かれたビー玉が持って行ってしまいます。エネルギーが減った分、衝突音は小さく、その音程は低く、またビー玉も壊れ難くなります。

せっかく加速器で粒子を高いエネルギーにしても、衝突によって「様々な反応」が充分得られず、もったいないことになります。しかし、この問題は2個のビー玉を正反対の方向から同じ速さでぶつけることで解決できます。2個のビー玉の重心はぶつかる前後で静止し続けるので、ビー玉の全エネルギーを使い尽した「様々な反応」を起こせます。この考えから発案されたのが衝突型加速器です。

でも、課題もあります。最大の課題が、「様々な反応」を研究に充分な回数起こせるのかという難問です。固定標的の液体水素は1立方センチに約4×1022個の陽子が詰まっているのに対し、当時の加速器中の陽子ビームの密度は、それより10桁以上も低いのです。当時、陽子ビーム同士をぶつけようとすると、固定標的相手なら1秒に一回起こる反応が、陽子ビーム同士だと三百年に一回しか起こらないありさまでした。

突然ですが、皆さんは「ルミノシティ」という言葉を知っていますか。これは、衝突型加速器が直面するこの状況を定量的に表現する言葉です。単位時間内に目指す反応が起こる回数(イベント数)を反応断面積で割った量のこと。ここで反応断面積とは、例えれば弓矢で狙う的の大きさ、目指す反応の起こり易さを面積単位で表した量で、反応の種類毎に決まった値です。このようにして、ルミノシティを大きくすることが衝突型加速器の最大の課題となったのです。

ルミノシティという言葉が氾濫する場面に初めて身を置いたのは、1973年11月に開かれた日米高エネルギー加速器セミナーです。KEKに就職したばかりの私は、投影機にセットしたスライドを講師の指示にしたがって、送ったり戻したりするスライド係。若者に国際的な場を経験させようという先輩方の配慮でした。

その一年後、米国スタンフォード線形加速器センター(SLAC)の電子・陽電子衝突型加速器SPEARとブルックヘブン国立研究所(BNL)でJ/ψ粒子が発見されました。これをきっかけに、電子・陽電子衝突型加速器がブームになります。米国からはSLACのPEP、ヨーロッパからはドイツ電子シンクロトロン研究所(DESY)のPETRAそしてCERNのLEP、日本からはKEKのTRISTANと、加速器計画が次々と発表・建設されていきます。

電子・陽電子衝突型加速器では、内部に構造がない電子と陽電子が衝突するのできれいな素粒子反応が見られます。内部に3個のクオークを抱える陽子同士の衝突に比べて、短期間で解析が完了します。ブームに乗って始まった1980年代の電子・陽電子衝突型加速器の多くが1990年代には次の加速器開発に移ります。

DESYでは新しい陽子・電子衝突型加速器HERAの建設に、SLACとKEKはそれぞれPEPIIとKEKBという、異なるエネルギーの電子と陽電子をぶつける世界初の非対称エネルギー電子・陽電子衝突型加速器の建設に舵を切ります。そして、PEPIIとKEKBは、B中間子とその反粒子との間に存在するCP非保存という現象を実証するため、熾烈なルミノシティ競争に突入します。

電子・陽電子衝突型加速器のなかで最高エネルギーを誇ったCERNのLEPは、超伝導加速空洞を大量導入して更にエネルギーを上げた後、2000年に稼働を停止。その後、全周27キロメートルの陽子・陽子衝突型加速器LHCの建設を行います。

この衝突型加速器第2幕は、第1幕より豊かな稔りに繋がった気がします。PEPIIとKEKBに設置された二つの測定器BaBarとBelleのデータによってB中間子におけるCP非保存が確認され、1973年に発表された小林・益川理論の評価に繋がり、2008年のノーベル賞受賞となりました。熾烈な競争を繰り広げたSLACとKEKは、振り返ってみると仲良く共同で研究目的を達成する結果となりました。

CERNのLHCはヒッグス粒子発見に狙いを定めます。私が訪れた2012年7月4日、CERNは、「ヒッグス粒子らしき新粒子発見」と正式発表。発表会場には、1964年にヒッグス機構を提唱したピーター・ヒッグスさんが同席し「私が生きている間にヒッグス粒子が発見されてうれしい」とコメント。翌年秋には、ヒッグスさんとフランソワ・アングレールさんがノーベル賞を受賞しました。私をLHC加速器制御室に案内してくれたジョン・ジョベットさんは、ビーム物理研究を通じたLHC加速器のルミノシティ向上によって、ヒッグスさんらのノーベル賞に貢献した訳です。ノーベル賞決定後、私はジョペットさんにメールで「君はなんて素晴らしい生徒だ。 自分の研究を通じて恩師にノーベル賞をもたらすとは」と祝福しました。

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