【KEKエッセイ #5】超難問だけど面白い「存在しないことの証明」

   

私たちの身体や空気、水、地球、太陽などを含めたこの世界を作っている物質は、どんどん小さく分割していくとついには分子に、そして原子になります。さらに小さく分割を続けると、最後は陽子や中性子を形作る「クォーク」と電子の仲間の「レプトン」と呼ばれる2種類の素粒子に行き着きます。しかし、宇宙にはこの「クォーク」にも「レプトン」にも分類されない全く別の物質があると考えられています。

この謎の物質は、私たちが知っている物質とはほとんど反応しないうえ、光とすら反応しないと考えられます。このため、どんなに高精度の望遠鏡を使っても見つけることができません。現在のところ、この物質を調べる唯一の手がかりが「重力」です。宇宙に散らばる星の動きをよく見ると、大きな質量を持った大量の「見えない塊」が宇宙空間に漂っていて、どうも星たちの動きに大きな影響を与えているようなのです。

謎の物質は自ら光を発することもなければ、月が太陽の光を反射して輝くようなこともしません。真っ暗な物質なので「暗黒物質」と呼ばれています。まるで透明人間のようですね。そこにあるはずなのに、姿が見えないのです。もしこの暗黒物質が本当にあるとすれば、宇宙にある全物質の84%を占めるであろうこともわかっています。一方でクォークとレプトンから構成される通常の物質は全体の16%程度です。私たちは宇宙のほんの一部分しか見ていないのです。素粒子物理学の観点から宇宙を理解するためには、この84%の正体を解明することがとても重要です。

暗黒物質の直接的な証拠を探る実験が世界中で行われています。暗黒物質は現在知られている素粒子の理論では分類できないものなので、その正体をつきとめることができればノーベル賞級の大発見になることは間違いありません。宇宙に漂っていると考えられている暗黒物質は当然私たちの住む地球の周りにも漂っているはずなので、装置を工夫して実験を上手にやれば地球上でその正体をつかめるかもしれません。

では、暗黒物質の正体をつかむためには何をすればよいでしょう。

それにはまず、暗黒物質がどれくらいの重さなのか、私たちの知っている通常の物質とどんな反応を示すのかを調べる必要があります。通常の物質は、例えばプラスの電気を持つものはマイナスの電気を持つものと引き合ったり、磁石のN同士やS同士は退け合ったりしますが、暗黒物質にはこのような力が働きません。ですから、暗黒物質を探すためには通常の「ないもの探し」とはちょっと違った方法が必要になります。

よく使われるのが、ビリヤードの「的玉(色のついた玉)」が「手玉(白い玉)」に弾き飛ばされる仕組みを応用する方法です。暗黒物質(手玉)が通常の物質(的玉)にぶつかった時、的玉がどちらの向きにどんなスピードで跳ね飛ばされるか測定することで、どんな手玉が飛んできたのか推測できるのです。

世界中で行われている「ないもの探し」の実験の規模たるや、なかなか想像を絶しています。まず跳ね飛ばされる的玉の準備が必要です。暗黒物質はなかなか反応を起こさないので沢山あればあるほど好都合です。岐阜県の神岡鉱山内の地下1000mで行われたXMASS(エックスマス)実験では、1トンもの純度の高い液体キセノンを使いました。フランスのフレジュトンネル中で建設が予定されているEURECA(ユーレカ)実験では絶対零度近くまで冷却された1トンものゲルマニウム結晶を使うことが検討されています。

実験に要する時間も、1年よりは2年、2年よりは5年、10年と長ければ長いほど、見つけられる可能性は高まります。最近、おもしろい実験方法がスウェーデンの研究者たちのチームによって提案されました。地下5kmより深いところから掘り出した鉱石の中をくまなく探して、的玉が弾き飛ばされた跡を探そうというものです。数10億年以上も暗黒物質にさらされていたであろう鉱石を調べることで、途方もない期間実験を続けていたことと同等の結果を得ようとは、すごいアイデアですね。

これまで様々な実験が行われてきました。新たな実験が登場する度に装置の規模が大きくなり、暗黒物質を見つける感度も上がってきています。しかし今のところ、どの実験も暗黒物質の痕跡を見つけることには成功していません。でも、これは「暗黒物質がない」ということではなく、「なくした消しゴムを探したけれど見つからない」と言っているにすぎません。

こんな風に素粒子物理には、「ある」とも「ない」ともどちらとも言えない、決着のつかない問題がいくつもあります。それを一つひとつ突き詰めていくことが科学研究の面白さです。素粒子物理の研究者たちは、「ほら、あったでしょう!」と、思ってもいないところから探しものが突然現れる日を夢見て、毎日「ないもの探し」の旅を続けているのです。

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