【KEKエッセイ #2】美しい測定器から、世界を視る

   
フランス語の「美しい」という名のBelle II(ベルツー)測定器。縦横奥行約8メートルある。3年前にここに着任し、初めて見たときは、圧倒的なカッコよさに魅了され、いわゆる「巨大科学萌え」の人たちの気持ちが分かるような気がした。以来、姿を見るたび、研究開発者に話を聞くたびに、新たな魅力を見せてくれる。今回は、世界情勢にもつながる測定器の素材について、掘り下げてみたい。(広報室・牧野佐千子)
すべて1点モノの手づくり検出器

Belle II実験は、世界26の国と地域から約900人の研究者が参加する国際実験だ。現場では様々な言語が飛び交い、それぞれの研究の背景や文化を尊重し合いながら進める国際協力事業だともいえる。Belle II測定器は7つの検出器の集合体で、各国がそれぞれ分担して研究開発している。前身のBelle測定器は、B中間子と反B中間子の対称性の破れを発見し、2008年の小林・益川両氏のノーベル物理学賞受賞に貢献した。

先日、VXD(バーテックス・ディテクター)という最深部の検出器のインストール作業が行われた。その際に現場で、VXDの内部検出器のインテグレーション・コーディネーターであり素核研・准教授の田中秀治さんが、装置に詰め込まれたこだわりをいろいろ説明してくれた。世界最強の加速器で作り出す、時間にして1兆分の1秒、大きさにして1兆分の1ミリのスケールの現象をとらえる測定器なのだから、実社会で製品として複製されるものでは役割を果たしえない。検出器の部品一つ一つは、すべて1点モノなのだ。

田中さんによると、中心部のVXDは、寿命の短いB中間子が崩壊した直後の粒子の飛んだ跡をとらえ、その崩壊点を逆算する。素材には、ステンレス、銅、タングステン、タンタル、炭素繊維などが使われている。実験の目的に合わせて、必要な強度、融点、加工のしやすさ、使用実績、費用など諸条件を勘案して、最適な場所にピッタリの素材を使っているのだ。

VXDの最終調整作業

タンタルが使われているビームパイプ部分

地下資源と紛争

Belle IIの最深部に「タンタルが使われている」と聞き、驚いた。タンタルは、アフリカ・コンゴで採れる希少金属(レアメタル)である。1998年から続くコンゴの内戦は、第二次世界大戦以降、世界最悪の惨状とも言われる。武装勢力が、資金獲得のために子どもを勧誘したり誘拐したりして、1日10セント以下で崩落の危険の高い鉱山の狭い地下道で働かせていたりもする。Belle IIはノーベル物理学賞にゆかりが深いが、今年のノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ医師は、このような状況下のコンゴで性暴力被害に遭った女性たちを3万人以上治療し続けている。

愛するBelle IIの名誉のために言っておくが、Belle IIに使われているタンタルは主にブラジル産で、紛争の獲得物として売られたタンタルではない。ただ、レアメタルが武装勢力の資金源とならないように、市場が規制をかけたことなどで、2001年頃には価格が高騰した。また、不正に搾取された労働力によって得られる地下資源が、出元をごまかされ世界市場に出されていたら、適正な経緯で行われる鉱物採取の価格が割に合わなくなることもあるだろう。2018年12月現在は、1キロ当たり14,000円。近年は比較的安定しているものの、価格の高騰などによって、測定器の素材の変更を余儀なくされることもあり得るのだから、世界情勢とBelle II実験も、密接に結びついていると言えるのである。

タンタルは、私たちの身近な生活の中で言えば、携帯電話、DVDプレーヤー、ゲーム機、パソコンといった電子機器にも用いられている。今まさにこの原稿を作成しているパソコンの中に使われているタンタルは一体どこから来たのか。特に紛争によって得られた「紛争鉱物」かどうか、見極めるのは非常に難しい。投資家にとっても、紛争鉱物を使っている企業に投資することはリスクとなりえるため、近年は、企業のリスクマネジメントの一つとして、トレーサビリティ(追跡可能性)を強化するようになった。その流れの中で、逆に、コンゴのタンタルを積極的に使うことで経済成長の発展を助けようという考えの企業もあるらしい。

今年度のノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ氏と、コンゴの女性たち(映画「女を修理する男」より)

宇宙と地球の宝物をどう使う?

タンタルは、宇宙全体の原子の中の0.0000000008%しか存在しない。宇宙で最も希少な安定元素だ。超新星爆発など、長い宇宙の営みの中で作られたものが、地球に降り注ぎ、マグマの活動によって凝縮したもの。田中さんは、「宇宙と地球の活動からもたらされた宝物」と表現する。

この宝物を、私たちはどう使うのか。悲しい背景があるからと言って、物理の新しい法則を探る実験を妥協しようとしたり、便利な生活をやめようとすることでは、暴力による支配を止められない。私たちには、とことん調べ続けること、知り続けること、そして選択し続けることが必要だ。

素材を発掘する人、市場で売買する人、調達する人、測定器を開発、調整する人、それによって得られたデータを分析する人、研究する人。この美しい測定器に関わる全ての人たちが胸を張って、「私たちが、人類がこれまで経験したことのない新しい世界を発見することに携わったのだ」と言える事象と構造が、近い将来に証明されることを願う。 

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