2017年09月07日

【KEKのひと #14】「世界で一人しか知らない」なぞを解くために 五十嵐教之(いがらし・のりゆき)さん

すべての生き物は、様々なタンパク質の反応によって生命活動を維持しているという。タンパク質がどのように働いているのかを見るのには、放射光を利用した高精度なタンパク質の構造解析が不可欠である。生き物の生命活動の源を探るため、放射光を使った実験装置の開発に携わっている。

物質構造科学研究所准教授・五十嵐教之さん(撮影:高橋将太)少年時代は、秘密基地を作って遊んでいた。積み上げたブロックをセメントで固め、中にはかまどをつくり煮炊きができる本格的な基地だ。木片やロープで「エレベーター」をつくったり、風呂桶を木の上にあげて「ツリーハウス」をつくったり、遊びを通してものづくりの楽しさを学び取った。

中学生の時、たまたま観た神宮球場での都立国分寺高校の活躍から、「ここで野球がやりたい!」と同校に入った。元々、電車関係の仕事がしたいと、工業高校に進んで大学へは行かないつもりでいた。だが進学校だった高校の担任の先生には大学進学を進められ、ただ星が好きだったことだけで、天文学者になりたいと思い立ち、東京工業大へ進学。大学へ行かないと言っていた手前、両親に資金を出してもらうことはできず、アルバイトで入学金や授業料を稼ぎながら、4年間なんとか食いつないだ。

大学での専門は成績順で選べることになっていた。アルバイト中心の学生生活で、なんとか進学のための単位が取れるような状態で、天文関係には進めず、第6希望の「生命科学」の世界へ。大学4年で研究室に入り、実際の研究活動に触れたことで、生命の不思議さ、奥深さを知り、本気で研究したいと思うようになった。未知の世界を自分の力で探求し、自分の考えで物事を進めていく楽しさを味わうことができたからだ。修士の時、就職先も決まっていたが、研究中だったタンパク質の構造解明のシグナルが見えたことから、研究続行を決め、博士に進学。

その時々の気持ちとタイミングで、豪快かつ大胆に、人生が進行してきた。自身は「ミーハーなんです」と笑う。

博士時代、それまでに解明されていなかった複雑なタンパク質の構造を解いた。その過程は、600個×3あるパズルのピースを1個1個組み合わせながら積んでいくようなものという。解けたときはうれしさのあまり、屋上で「解けたぞー!!!」と叫んだ。これは、世界で一人しか知らないのだと思うと、気持ちが高揚した。その研究は、KEKの放射光科学研究施設(PF)を使わなければできないものだったことから、坂部知平教授(現名誉教授)に誘われ1997年にKEKへ入った。

今年で20年。入った当初は生命科学研究を続けたかったが、年を経るごとに研究というよりは研究の基盤施設の構築に携わる割合が増えてきた。放射光を使ってたんぱく質の構造を解析するためのビームライン建設だ。ひとつのビームラインの企画から建設まで、3年ほどかかる。これまでに10箇所以上のビームラインの構築に携わってきた。「やっぱりものづくりが好きなんだと思います」という。

今は8歳と3歳の二人の男児の父。週末は長男の少年野球の練習に行き、コーチとして子どもたちに教えながら一緒に汗を流す。

ものづくりが好きだった少年がそのまま大人になったような、たたずまいだ。父になった少年は、きょうも生命の謎を解く装置の開発にいそしんでいる。

(広報室・牧野佐千子)

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KEK物質構造科学研究所 放射光科学研究施設(PF)


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研究者、ユーザー、技術者、事務系職員など、KEKに関わる人たちにインタビューし、その分野に興味を持ったきっかけや日々の生活のことなど、一般記事などでは伝えられない素顔に迫る企画連載です