2016年06月30日

永久磁石材料の内部磁気構造を定量評価する手法を開発

平成28年6月30日

国立研究開発法人物質・材料研究機構
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構

【概要】

1.国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)磁性・スピントロニクス材料研究拠点 元素戦略磁性材料研究拠点(ESICMM)の上野哲朗NIMSポスドク研究員と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の小野寛太准教授を中心とする研究チームは、中性子※1ビームを用いて永久磁石材料の内部磁気構造を定量評価する手法を開発しました。

2.ハイブリッド自動車、電気自動車などのモーターに用いられるネオジム-鉄-ホウ素(Nd-Fe-B)磁石に代表されるように、永久磁石材料は私たちの身の回りで広く用いられています。高い磁気特性をもつ永久磁石材料を用いることでモーターの高効率化、小型化、省エネ化を実現できます。磁気特性の高い永久磁石材料を開発するためには、材料内部の磁気構造を明らかにし、磁気特性との関連を調べる必要があります。これまでは偏光顕微鏡、磁気力顕微鏡などの顕微鏡を用いて材料表面の磁気構造を観察することは可能でしたが、材料内部の磁気構造を定量評価することができる実験手法がありませんでした。

3.本研究チームは、中性子小角散乱※2実験により永久磁石材料の内部磁気構造を定量評価する手法を開発しました。中性子小角散乱実験とは、試料に中性子ビームを照射し、試料中で散乱された中性子の強度分布を検出することで試料中の数ナノメートルから数マイクロメートルの大きさにわたる微細構造を調べることができる実験手法です。中性子小角散乱の解析は、中性子が試料中の微細構造によって1回だけ散乱されることを仮定しています。しかし実際は、試料中で中性子が複数回散乱される「多重散乱」※3と呼ばれる現象が起きています。これまで永久磁石材料では、どのような条件で多重散乱が起きるのか明らかになっておらず、磁気構造を定量的に評価する際の妨げとなっていました。今回、Nd-Fe-Bナノ結晶磁石試料の厚さと中性子ビームの波長を系統的に変えた実験を行い、試料が厚く波長が長いほど中性子が顕著に散乱されることを明らかにしました。この結果をもとに、観測した中性子小角散乱強度から多重散乱の影響を排除して解析したところ、材料内部の磁気構造を定量評価することに成功しました。

4.今後、本手法を様々な永久磁石材料に適用することで、材料内部の磁気構造と磁気特性の関連を詳細に検討することが可能になり、永久磁石材料の高性能化へ向けた研究開発の加速化が期待できます。

5.本研究は文部科学省の委託事業である元素戦略磁性材料研究拠点(ESICMM)および高効率モーター用磁性材料技術研究組合(MagHEM)の支援のもと実施されました。

6.本研究成果は、英科学誌Scientific Reports(オンライン版)に2016年6月20日18時(日本時間)に掲載されました。

【背景】

ハイブリッド自動車、電気自動車などのモーターに用いられるネオジム-鉄-ホウ素(Nd-Fe-B)磁石に代表されるように、永久磁石材料は私たちの身の回りで広く用いられています。高い性能(磁気特性)をもつ永久磁石材料を用いることでモーターの高効率化、小型化、省エネ化を実現できます。永久磁石材料は希土類-鉄族化合物である主相結晶粒(例えばNd-Fe-B 磁石ではNd2Fe14B、サマリウム-コバルト磁石ではSm2Co17)とこれら以外の副相からなる組織構造をもつ材料です。主相結晶粒自身が微小な磁石であり、材料内部に無数にある主相結晶粒の磁石としての向き(磁化方向)が一方向に整列することで、材料全体がひとつの磁石となります。こうして外部に強力な磁場を発生し、モーターに利用することができます。主相結晶粒の磁化方向は高温に晒されたり、外部から磁場をかけられたりすることで乱され、材料全体の永久磁石としての性質も失われます。このような状態では、主相結晶粒同士の磁化方向が異なって互いに打ち消しあっており、磁気的な微細構造(磁気構造)が存在します。永久磁石材料の研究開発では、材料の微細組織を制御することで、高い磁気特性をもつ材料の実現を目指しています。そのためには、材料内部の磁気構造を明らかにし、磁気特性との関連を調べる必要があります。これまでは偏光顕微鏡、磁気力顕微鏡などの顕微鏡を用いて材料表面の磁気構造を観察することは可能でしたが、材料内部の磁気構造を定量評価することができる実験手法がありませんでした。 本研究チームは、中性子ビームの透過力と磁気散乱能に着目し、永久磁石材料内部の磁気構造を調べるため中性子小角散乱実験(図1)を行ってきました。中性子小角散乱実験とはソフトマターから鉄鋼材料まで様々な物質に適用されている実験手法で、試料に中性子ビームを照射し、試料中で散乱された中性子の強度分布を検出することで試料中の数ナノメートルから数マイクロメートルの大きさにわたる微細構造を調べることができます。さらに中性子は磁気モーメントをもつため、永久磁石材料などの内部で「磁気散乱」※4を受けます。この磁気散乱を利用することで材料内部の磁気構造を調べることができます。

図1. 中性子小角散乱実験の概念図。試料中で散乱された中性子の強度分布を2次元検出器で検出する。

【研究内容と成果】

本研究チームは、中性子小角散乱実験により永久磁石材料の内部磁気構造を定量評価する手法を開発しました。中性子小角散乱実験の定量解析では、微細構造をモデル化し散乱強度分布にフィッティングします。これによって微細構造を特徴付けるパラメータを抽出します。この解析は試料中で1回だけ散乱(1回散乱)された中性子による散乱強度分布を仮定しています。しかしながら、図2に示すように、実際の実験では試料中で中性子が複数回散乱される「多重散乱」と呼ばれる現象が起きています。これまで永久磁石材料の中性子小角散乱においては、多重散乱がどの程度起きるのか明らかになっておらず、磁気構造を定量的に評価する際の妨げとなっていました。 今回、この多重散乱を明らかにするため、Nd-Fe-Bナノ結晶磁石試料の厚さと中性子ビームの波長を系統的に変えた実験を行いました。図3(a)に示すように、試料中の微細組織による散乱(核散乱※5)は、試料の厚さや中性子ビームの波長を変えても変化しません。これは核散乱では多重散乱が起きていないということを表します。一方、図3(b)に示すように、試料中の磁気構造による散乱(磁気散乱)は、図中の矢印で示した散乱ベクトルを境に、試料厚さによって強度が変わっています。また中性子ビームの波長が長くなるほど、矢印の位置が散乱ベクトルの大きな方向にずれることがわかります。これらは多重散乱の特徴を表しています。本実験によって、永久磁石材料において磁気的な多重散乱が顕著になる条件が明らかになりました。


さらに、理論モデルを用いて、観測した磁気散乱強度を解析しました。そのフィッティング結果は図3(b)中に実線と破線で示されています。図4に、解析により得られた微細構造を特徴付けるパラメータ(磁気的周期※6相関長※7)を試料厚さに対して、中性子ビームの波長ごとに示しました。磁気的周期、相関長ともに試料厚さが薄い方(0.1 mm)が厚い方(0.5 mm)に対して大きくなります。つまり多重散乱が顕著な条件(中性子波長が長く、試料厚さ0.5 mm)ではこれらのパラメータを過小評価することになります。我々はこれらのパラメータの試料厚さ依存性を、試料厚さ0 mmに外挿することで、多重散乱の影響を排除したパラメータを決定しました。その結果、磁気的周期は約420 nm、相関長(主相結晶粒内で磁気的相互作用が働く距離)は約110 nmとなり、相関長は主相粒の半径と一致することが明らかになりました。これらはこれまで磁気力顕微鏡や電子顕微鏡で見出されていた結果と整合するものです。従来の顕微鏡手法では、試料の「表面」や「薄片」に加工された試料しか観察できず、材料全体からみるとごく一部の局所的な情報を抽出することしかできませんでした。そのため、これらの情報を材料そのものの情報として良いのか疑問が残っていました。一方、本手法は元の材料に近い試料の「内部」の全体的な情報を抽出しているという点で従来の手法とは決定的に異なり、新しいと言えます。以上のように、中性子ビームを用いて材料内部の磁気構造を定量評価することに成功し、手法として確立しました。 図2. (a)1回散乱と(b)多重散乱(例として3回散乱の場合を示す)の比較。多重散乱が起きると、1回散乱の場合とは異なる位置に散乱中性子が検出されるため、観測結果が影響を受ける。
図3. Nd-Fe-Bナノ結晶磁石の中性子小角散乱強度。(a) 核散乱強度と(b) 磁気散乱強度をそれぞれ試料厚さ (0.1 mm、0.5 mm)、中性子ビームの波長 (0.5 nm、0.81 nm、1.15 nm)に対して示した。(b)中の矢印よりも小さな散乱ベクトルで強度に違いがみられ、磁気散乱に多重散乱が起きていることがわかる。(b)中の実線と破線は理論モデルのフィッティング結果を表す。
図4. 理論モデルによる解析から得られた、微細構造を特徴付けるパラメータ(磁気的周期と相関長)の試料厚さと中性子波長に対する依存性。試料厚さ0 mmへの外挿(赤い破線で囲った部分)が多重散乱の影響を排除したパラメータの値を表す。

【今後の期待と展望】

今後、本手法を様々な永久磁石材料に適用することで、材料内部の磁気構造と磁気特性の関連を詳細に検討することが可能になり、永久磁石材料の高性能化へ向けた研究開発の加速化が期待できます。

【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports 6, 28167 (2016), DOI: 10.1038/srep28167
論文名:"Multiple magnetic scattering in small-angle neutron scattering of Nd-Fe-B nanocrystalline magnet"
著者:Tetsuro Ueno, Kotaro Saito, Masao Yano, Masaaki Ito, Tetsuya Shoji, Noritsugu Sakuma, Akira Kato,
Akira Manabe, Ai Hashimoto, Elliot P. Gilbert, Uwe Keiderling, and Kanta Ono

掲載日時:2016年6月20日18時(日本時間)

【問い合わせ先】

(研究内容に関すること)
国立研究開発法人物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点 元素戦略磁性材料研究拠点
NIMSポスドク研究員 上野 哲朗(うえの てつろう)
TEL: 029-864-5200-(音声案内)-2515
E-mail:

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
准教授 小野 寛太(おの かんた)
TEL: 029-864-5659
E-mail:

(報道・広報に関すること)
国立研究開発法人物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
TEL: 029-859-2026, FAX: 029-859-2017
E-mail:

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
広報室長 岡田 小枝子
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
TEL: 029-879-6046, FAX: 029-879-6049
E-mail:

【用語解説】

※1 中性子
陽子と共に原子核を構成し、電荷をもたず(電気的に中性)、スピン1/2をもつ粒子。研究用原子炉等で中性子ビームを取り出すことができ、中性子回折実験、中性子散乱実験等に用いられる。

※2 中性子小角散乱
試料に中性子ビームを照射し、試料中で散乱された中性子の強度分布を検出することで試料中の数ナノメートルから数マイクロメートルの大きさにわたる微細構造を調べることができる実験手法。 ソフトマターから鉄鋼材料に至るまで材料解析に幅広く用いられる。

※3 多重散乱(図2参照)
試料中で中性子が複数回散乱される現象。多重散乱による散乱強度分布は1回散乱による散乱強度分布とは異なるため、定量的な解析が困難になる。

※4 磁気散乱
試料中の原子の双極子モーメントと中性子自身の双極子モーメントとの磁気的相互作用による散乱。磁気散乱強度分布は試料中の磁気的な微細構造を反映する。

※5 核散乱
試料中の原子の原子核との相互作用による中性子の散乱。核散乱強度分布は試料中の粒子の大きさや形状など組織構造を反映する。

※6 磁気的周期(図5参照)
永久磁石材料が全体として磁化していない状態(消磁状態)では、材料の内部には磁化方向が互いに異なる微小領域が存在する。本研究では、この微小領域の幅を磁気的周期と定義している。

※7 相関長
Nd-Fe-Bナノ結晶磁石は、Nd2Fe14B主相の結晶粒が多数集まって構成されている。それぞれの結晶粒内では、磁気モーメントと呼ばれる結晶を構成する原子に由来する微小な磁石が存在し、これらが磁気的相互作用によって一方向に整列することで結晶粒自体の磁化として現れる。本研究では、結晶粒内で磁気モーメントが同じ方向に整列している距離を相関長と定義している。

図5. 永久磁石材料が全体として磁化していない状態(消磁状態)の模式図。材料の内部は磁化方向が互いに異なる微小領域に分かれている。本研究では、微小領域の幅を磁気的周期と定義する。