全反射高速陽電子回折法「TRHEPD法」の高度化により究極の表面構造解析が可能に

平成26年4月21日

独立行政法人 日本原子力研究開発機構
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構




本成果のポイント
○高輝度高強度陽電子※1ビームを用いたTRHEPD法の高度化を実現
○本手法をシリコン結晶にて検証し、最表面に露出した原子のみからの回折パターンが得られることを実証
○最表面及び表面近傍における原子の配列を正確に測定できる手法として、材料設計など、材料科学への貢献に期待
○高強度低速陽電子ビームでしか達成できなかった技術の開発、実証、実用化

【概 要】

日本原子力研究開発機構(以下「原子力機構」)先端基礎研究センターの河裾厚男研究主幹のグループと高エネルギー加速器研究機構(以下「KEK」)物質構造科学研究所の兵頭俊夫特定教授、名古屋大学の一宮彪彦名誉教授らのグループの共同研究および共同利用研究(研究代表:原子力機構・深谷有喜研究副主幹)により、KEKの高強度低速陽電子ビーム※2を高輝度化して、TRHEPD法の高度化を実現しました。この手法をシリコン結晶の(111)表面に適用して、その表面超高感度性を実証しました。

本研究成果は、応用物理学会がInstitute of Physicsを通じて出版するApplied Physics Expressに2014年4月9日にオンライン公開されました。

【背 景】

ナノテクノロジーに代表されるナノメートルスケールのものづくりでは、物質の最表面の構造が物質の性質に大きな影響を与えます。そのため、材料の最表面を原子レベルで正しく観測し、物性を理解することが、表面に望ましい性質や機能をもたせるうえで不可欠です。

原子レベルで構造を解析する手法は電子線、X線、中性子線などを用いた回折実験などがありますが、どんなに浅い角度で結晶に入射しても、表面から原子数層分までビームが侵入してしまい、最表面だけからの情報を得るには様々な工夫が必要でした。

一方、正の電荷を持つ電子の反粒子である陽電子は、その電気的性質から結晶内部に入りにくく、ある角(臨界視射角※3)以下の浅い角度で入射すると物質の原子第1層目で全反射され、結晶内部に全く侵入しません。この性質を利用し、エネルギー10 keV程度に加速した、エネルギーと向きがそろった陽電子を結晶表面にすれすれの角度で入射すると、最表面の原子配置を反映した回折パターンが得られます。その回折パターンから、最表面の原子配置を調べる実験方法を、TRHEPD法といいます。この手法は、表面に対する感度が非常に高く、最表面の原子配置を精度よく決めることができます。
 
【研究内容と成果】

KEKの物質構造科学研究所フォトンファクトリーの低速陽電子実験施設では、低速陽電子ビームの強度10倍増に成功し、世界で最も高強度のエネルギー可変低速陽電子ビームを出せるようになりました(2010年)。今回、この高強度ビームを利用して、高効率にデータを取得できる世界唯一のTRHEPD装置を開発しました。

また、この装置の検証のため、高強度陽電子ビームを高輝度化したエネルギー10 keVの陽電子を用いて、シリコン単結晶の(111)面を測定しました。シリコン(111)最表面は、結晶内部の(111)面の原子配列と違い、シリコン原子が再配列したSi(111)-(7×7)DAS※4と呼ばれる構造をしています(図1)。この構造は、存在の発見以来決定的な測定手段が無いまま、20年以上原子配置が決まりませんでしたが、1985年に透過電子線回折や走査トンネル顕微鏡などを駆使してようやく解明されました。

図2は、エネルギー10 keVの陽電子ビームおよび電子ビームで、陽電子の臨界視射角以下の1.3°と臨界視射角以上の2.1°で測定した回折パターンです。

それぞれで回折スポットの強度分布が全く異なることがわかります。測定に使用したエネルギー10 keVの陽電子をシリコンに入射した場合の臨界視射角は2.0°です。従って、1.3°の陽電子だけが全反射条件を満たし、他は満たしていないことになり ます。このことから、回折パターンのスポット強度分布の違いの主な原因は、陽電子と電子の違い及び試料内への侵入深さの変化であることがわかります。全反射条件を満たす陽電子は最表面に露出している原子層だけから全反射されます。従って、図1のSi(111)-(7×7)DAS構造の場合、陽電子1.3°では、まばらな吸着原子層と第1原子層からの全反射、2.1°及び電子では、第2原子層以下からの反射も含まれた回折パターンとなります。

図1 Si(111)-(7×7)DAS表面の模式図
図中の丸は、全てシリコン原子。赤丸で示したまばらにあるシリコン原子は表面にあった原子の一部が失われた結果残った原子で、この層を吸着原子層と言います。吸着原子層の下にある緑色で示す層が表面第1原子層、青色で示す層が第2原子層。

図2 陽電子と電子による回折パターン
(1)全反射条件(臨界視斜角θc = 2.0°)を満たす視射角1.3°陽電子回折パターン(TRHEPDパターン)
(2)視斜角2.1°で観測した陽電子回折パターン。
比較のために、同条件で電子による回折パターン(3), (4)を示します。
(2),(3),(4)では、第2原子層以下を含む回折パターンであることを示す円周上のスポットが見られます。

これらを計算によって検証しました。視斜角1.3°で、吸着原子層(表面のシリコン原子の一部が失われた結果残った原子の層、図1(a))のみを想定し、計算して得られたパターンが図3(1)(a)、吸着原子層と第1原子層からの回折パターンが(b)、第2原子層まで含めて計算したものが(c)、結晶全体を対象として計算したものが(d)です。(b)(c)(d)の三者はほとんど見分けがつかず、結晶全体を対象とした回折パターンが実質上、吸着原子層と第1原子層だけからの情報を示していることが分かります。陽電子についての同様の比較を視射角2.1°について行いました(図3(2))。今度は吸着原子層と第1原子層までを対象とした(b)と、第2原子層までを対象とした(c)の間にも違いが見えています。そして、(c)と結晶全体を対象とした(d)はほとんど見分けがつかないことから、陽電子が第2原子層まで達していることが分かります。

図3 Si(111)-(7×7)表面から得られる回折パターン(シミュレーション)

また電子について同様に計算、比較しました(図3(3),(4))。電子の場合は、視射角1.3°でも2.1°でも(c)と(d)に違いがあることから、電子が第2原子層よりさらに下まで侵入していることが分かります。論文では回折パターンどうしの以上のような類似や相違を表す関数を定義して、客観的に示しています。
以上の結果から、陽電子は電子に比べて結晶内への侵入が浅く、特に全反射角より小さな視射角で入射すると最表面に露出した原子だけによる回折パターンを示すこと、また全反射条件から少しずつ視射角を大きくすることで、最表面の下に隠れた表面第2原子層まで、第3原子層まで、と次々に各層からの原子配列の情報を含む回折パターンが得られることが分かりました。このようにTRHEPD法では、注目する最表面及びすぐ下の原子層以外からの情報を含まない回折パターンを得ることができます。

【今後の展開】
次世代エレクトロニクス素子用の素材や、触媒など、固体の最表面の機能が重要な分野は今後ますます広がると期待されています。それらの機能の解明には、最表面及び表面近傍における原子の配列を正確に知ることが不可欠です。本研究はそのための手段としてTRHEPD法が非常に高感度で有用であることを証明するものです。




雑誌名:Applied Physics Express 7, 056601  (2014)
論文題名:"Total reflection high-energy positron diffraction (TRHEPD) - an ideal diffraction technique for surface structure analysis"(和訳:全反射高速陽電子回折(TRHEPD)-表面構造解析のための理想的な回折手法)
著者名:Y. Fukaya, M. Maekawa, A. Kawasuso, I. Mochizuki, K. Wada, T. Shidara, A. Ichimiya and T. Hyodo
DOI:10.7567/APEX.7.056601


【用語解説】

※1 陽電子
素粒子の1種。電子の反粒子で、電荷が正であること以外は電子と同じ性質をもっている。電子と出会って対消滅しγ線に変わる。本研究では、対消滅は利用せず、消滅しないで結晶表面からブラッグ反射(回折)する陽電子を利用した。

※2 低速陽電子ビーム
加速器から得られる高エネルギー電子ビームを金属タンタルの板(コンバータ)に入射すると、高エネルギーの制動放射X線(荷電粒子が物質中を通過する際、原子核により進行方向を曲げられて放出されるX線)が生じ、その一部がコンバータ内で電子・陽電子対に転換、陽電子が生じる。その陽電子を、コンバータの下流に置いたタングステン薄膜(モデレータ)に入射すると、陽電子の一部がその中で熱化し、表面に戻ってきて勝手に飛び出してくる。これを任意のエネルギーに加速したものが低速陽電子ビームである。

※3 臨界視射角
陽電子の全反射はある大きさの視射角(陽電子の入射方向と結晶面との間の角)を境に起きたり起きなかったりする。全反射が起きる最も大きな視射角のことを指す。

※4 Si(111)-(7×7) DAS 構造
結晶の表面は、原子配列がそこで終わる面であるが、内部の原子配列のままでは不安定なことが多く、内部とは異なる配置になって安定化する。その例としてシリコン(111)表面は、1959年に、結晶内部の周期に対して7倍×7倍の(7×7)超周期対称性をもった面になることが発見された。しかし、実際にどのような原子配置になっているかは長い間わからず、1985年になってようやく、東京工業大学教授の高柳邦夫氏らにより、DAS構造が正しいことが明らかになった。吸着原子(Adatom)、積層欠陥層(Stacking-fault layer)、ダイマー層(Dimer layer)からなるので、それぞれの頭文字をとって発音しやすいように並び替えて、DAS構造と呼ばれる。

【お問い合わせ】

<報道担当>
独立行政法人日本原子力研究開発機構
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TEL:03-3592-2346
FAX:03-5157-1950

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
広報室 報道グループリーダー 岡田 小枝子
TEL: 029-879-6046
FAX: 029-879-6049
E-mail: press@kek.jp

関連サイト

日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(IMSS)
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
低速陽電子実験施設

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