鉄系超伝導物質で新しい型の磁気秩序相を発見

- 超伝導機構解明の有力な手がかりに -

平成26年3月17日

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
国立大学法人 東京工業大学

【本成果のポイント】

・鉄系超伝導物質で、構造変化を伴う第二の磁気秩序相を発見
・3つの量子ビームプローブを相補利用するマルチプローブ手法で新物質開発に指針

【概 要】

高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所(以下「物構研」)の元素戦略・電子材料研究グループ※1は、東京工業大学(以下「東工大」)応用セラミックス研究所の飯村壮史(いいむら そうし)助教、同大学フロンティア研究機構・元素戦略研究センター細野秀雄(ほその ひでお)教授、松石聡(まついし さとる)准教授と共同で、マルチプローブ※2の手法を用いて鉄系超伝導物質であるLaFeAs(O1-xHx)の磁気的な性質および構造を調べ、水素置換濃度xが0.4を超える領域で微細な構造変化を伴う新たな磁気秩序相が現れることを発見しました。この磁気秩序相は、同物質において2012年に明らかになった第二の超伝導相と隣接しており、従来知られていた母物質(x=0)における磁気秩序相とも質的に異なることから、もう一つの母物質が見出されたことになり、新たな超伝導機構解明の有力な手がかりとなることが期待されます。

本成果は、2014年3月16日(現地時間)に英国科学誌「Nature Physics」のオンライン版で公開されました。
(※)オンライン版掲載日について改訂いたしました(2014年3月25日)

【背 景】

超伝導は、物質の温度を下げていくとある温度(=超伝導転移温度)以下で突然電気抵抗がゼロになる、あるいは外からの磁場を完全に退ける、という劇的な性質の変化を伴う現象です。これらの性質は送電や磁気浮上リニアモーターカーなど様々な応用が期待されていますが、現在知られている超伝導物質では超伝導転移温度が室温に比べて相当低く、大掛かりな冷却装置が必要になるという問題を抱えています。超伝導転移温度は最高で140 K(-133 ℃)に留まっており、室温に近い高温超伝導※3の実現には新たな発想に基づく超伝導物質の探索とそのメカニズムの理解が必要と考えられています。

一方、高温超伝導物質の探索では、超伝導状態は強い磁場によって壊されるため、鉄やニッケルといった磁性を持った元素を避けることが暗黙の常識でした。ところが、2008年に東工大の細野秀雄教授の研究グループによって発見された鉄とランタン(La)等の希土類元素(RE)を含むREFeAs(O1-xFx)系の超伝導体(図1)は、鉄を含むにもかかわらず、高い超伝導転移温度(RE=SmでTC~55 K)を示すことから、従来とは全く異なる高温超伝導の可能性を秘めた物質として高い関心が集まっており、現在も世界各地で集中的な研究が進められています。

【研究内容と成果】

今回の研究対象とした鉄系超伝導体は、鉄(Fe)とヒ素(As)で出来たシート状の骨格(Fe2As2層)から構成されており(図1)、そのままでは低温で磁気秩序を起こす、つまり超伝導と競合する状態を取ります。ところが、Fe2As2シートの間に挟まれたRE-Oブロック層(図1、四角で囲んだ部分)に含まれるマイナス2価の酸素(O2)の一部をマイナス1価のフッ素(F-)に置き換える等の操作を行なうとFe2As2層に電子が供給され、電子濃度の増大とともに磁気秩序が消失し、代わって超伝導状態が現れます。

東工大の細野グループでは以前から酸化物中で水素原子がマイナスイオン(H-)として振る舞うことに着目し、新物質開発を試みています。これまで鉄系超伝導体ではブロック層の陽イオン(RE)を変えることで超伝導転移温度が上昇することは知られていましたが、陰イオン(O)についてはフッ素置換のみが行われており、濃度も20%程度(x~0.2)までに限られていました。そこで、フッ素に代わりイオン半径の異なる水素で酸素を置換したところ、これまでの限界を大きく超えた高濃度にまで電子を供給できることがわかり、高い電子濃度側(0.2<x<0.5)に超伝導転移温度TCがより高いピーク(最高値〜39 K)を示す新たな領域(第二の超伝導相)があることを発見しました(図2、ピンク色の領域)。これは他の超伝導体では見られなかった現象で、鉄系超伝導体の新たな特徴として大いに注目されています。

今回、高い電子濃度領域における磁気的な性質および構造を、ミュオン、放射光、中性子という3つの量子ビームプローブを相補利用するマルチプローブという手法により調べました。その結果、電子濃度xが前述の第二の超伝導相における超伝導転移温度のピークを示す濃度を超えた0.4付近から、xの増大とともに新たな磁気秩序相が発達することがミュオン・スピン回転(μSR)法※4によって明らかになるとともに、放射光・中性子による詳しい実験により、この磁気相が母物質(x=0)と異なるタイプの反強磁性秩序を持つこと、磁気転移温度が極大を示すx=0.5付近では構造の変化も伴っていることをつきとめました(図3、右側AF2とラベルされたピンク色の領域)。

【本研究の意義、今後の展開】

この新しいタイプの秩序相は、LaFeAs(O1-xHx)で見いだされた第二の超伝導相における新しいメカニズムの関与を示唆していると考えられます。今後は2008年に発見された第一の超伝導相(図3のSC1、0.05<x<0.2で現れる)、およびそれに隣接する母物質側の磁気秩序相(図3のAF1)との詳細な比較研究等により、鉄系超伝導の本質に迫る有力な手がかりが得られるものと期待されます。

その結果、第二の超伝導相が高い超伝導転移温度を持つ原因と、発見された新たな磁性相の関係が解明され、超伝導転移温度を上昇させるための新たな指針が得られれば、将来的に、室温超伝導物質の開発や、それを用いた電力・エネルギー問題の解決の可能性も開かれると考えられます。

また今回の成果は、物構研が持つ「マルチプローブ」の威力を遺憾なく発揮した典型的な例で、3つの量子ビームを同時利用し、互いに得意な観測情報を一つの研究対象について補い合うことで全体像を一気に解明することにより「元素戦略プロジェクト(電子材料)」(物構研が副拠点として参画)における新物質開発がより効率的に進展することが期待されます。


雑誌名:Nature Physics (オンライン版公開日:2014年3月16日)
論文タイトル:"Bipartite magnetic parent phases in the iron oxypnictide superconductor"
(和訳:鉄酸素ニクタイド超伝導体における2つの磁性母相)
著者:M. Hiraishi, S. Iimura, K. M. Kojima, J. Yamaura, H. Hiraka, K.Ikeda, P. Miao, Y. Ishikawa, S. Torii, M. Miyazaki, I. Yamauchi, A. Koda, K. Ishii, M. Yoshida,J. Mizuki, R. Kadono,R. Kumai, T. Kamiyama,T. Otomo, Y. Murakami, S. Matsuishi and H. Hosono DOI:10.1038/NPHYS2906


【参考図】

図1 LaFeAs(O1-xFx)の結晶構造の模式図
青:ランタン、赤:酸素、茶:鉄、黄:ヒ素を表す。四角で囲んだ部分がRE-Oブロック層。

図2 LaFeAs(O1-xHx)の電子状態相図
■,□は超伝導転移温度(TC)、●,○は構造相転移の温度(TS)、水素置換濃度xが0.2を超えた領域で見つかった新たな超伝導相(ピンク色部分)では、0.05<x<0.2の超伝導相(水色部分)にくらべてTCが上昇している。x<0.05の緑の領域は構造転移を伴った磁気相。(飯村・他、Nature Comm. 3, 943 (2012))

図3 LaFeAs(O1-xHx)の電子状態相図
第二の超伝導領域(SC2)に隣接して水素置換濃度xが0.4を超えた領域で今回発見された第二の磁気秩序相(AF2)が現れる。●がミュオン・スピン回転法・中性子回折により同定された磁気転移温度(TN)、■,▲が放射光により同定された構造変化の温度(TS,TS')。図の中央上段は中性子回折で同定された磁気構造。左上がx=0の母物質中での磁気相(AF1)、右上が今回見つかった新たな磁気相(AF2)、矢印はFe2As2層で鉄イオンが持つ磁気モーメントの向きを示す。下段では構造変化に伴う鉄およびヒ素の原子位置の変化の向きと大きさを模式的に示した。(平石・他、DOI:10.1038/NPHYS2906)

【用語解説】

※1 構造物性研究センター・元素戦略・電子材料研究グループ メンバー
平石雅俊研究員、小嶋健児准教授、門野良典教授(ミュオングループ)、山浦淳一特任准教授、熊井玲児教授、村上洋一教授(放射光グループ)、平賀晴弘特任准教授、神山崇教授、大友季哉教授(中性子グループ)

※2 マルチプローブ
ミュオン、放射光、中性子という3つの量子ビームプローブを相補的に用いる手法。今回の研究では主にJ-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)のミュオン、および中性子ビーム、KEK-PFの放射光ビームが用いられた。なお、KEK物質構造科学研究所構造物性研究センターは文部科学省の「元素戦略プロジェクト(電子材料)」(平成24年〜)(代表:細野秀雄)に副拠点として参画している。

※3 高温超伝導体(~体、~物質)
 超伝導現象を示す温度(TC)が高い物質を指す。1986年に発見された銅酸化物系超伝導体では、摂氏マイナス135度(大気圧)、鉄系超伝導体では、摂氏マイナス218度が最高である。従来の格子振動を媒介とするBCS理論では高いTCを説明できず、磁気揺らぎ等の新しい機構による説明が必要とされている。

※4 ミュオン・スピン回転 (µSR) 法
 ミュオン・スピン回転法は、物質を構成する原子の隙間に注入したミュオン(ミュー粒子)を超高感度の磁気プローブとして用いることで電子の状態を観測できる実験手法。試料内部の超伝導電流の強さをミクロなスケールで直接測定できることが特徴。注入・停止したミュオンの周り0.5ナノメートル程度の範囲の局所的な情報を与え、放射光・中性子が与える物質内の長距離にわたる情報とは相補的な関係にある。

【お問い合わせ】
<報道担当>
高エネルギー加速器研究機構 広報室
報道グループリーダー 岡田 小枝子(おかだ さえこ)
TEL: 029-879-6046
FAX: 029-879-6049
E-mail: press@kek.jp

J-PARCセンター 広報セクション
セクションリーダー 坂元 眞一(さかもと しんいち)
TEL: 029-284-3587
FAX: 029-282-5996
E-mail: sakamoto.shinichi@jaea.go.jp

東京工業大学 広報センター
TEL: 03-5734-2975
FAX: 03-5734-3661
E-mail: media@jim.titech.ac.jp

関連リンク

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(IMSS)
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