強相関絶縁体における歪み誘起磁化の起源を解明

平成25年7月9日

国立大学法人 東京大学
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構




発表のポイント

・ 本来磁性を持たない物質の構造を歪めることで、物質中の電子のスピン及び軌道が整列し、磁石にできることを明らかにした。
・ もともと磁石ではないものを歪みによって磁石にする新しい原理を見出した。
・ 歪みの大きさが磁化の大きさとしてアウトプットできる性質を利用することにより、高感度歪センサーの開発につながると期待される。


【概 要】

東京大学大学院工学系研究科の藤岡 淳 助教、十倉 好紀 教授らの研究グループは、本来磁性を持たない物質として知られる強相関電子系※1LaCoO3を薄膜化して歪をかけることで生じる自発磁化が、電子の持つスピン・軌道の整列現象に起因することを明らかにしました。

電子同士が強く相互作用し合う強相関電子系と呼ばれる物質群においては、ナノメートルスケールの電子の自己組織化が広く観測されています。電子の集団的量子現象の身近な例として磁石で見られる磁化の発現が挙げられます。ミクロに見るとこれは電子の内部自由度であるスピンの整列現象(秩序化)として理解されています。物質の温度、電子のバンドの充填度やバンド幅を変えることでこの整列現象が生じることはよく知られていました。しかし歪みによって誘起された磁化の現象をミクロな視点から系統的に調べた研究はなく、その起源は謎に包まれていました。

今回、藤岡 淳 助教らの研究グループは上記の方法とは異なり、もともと磁性を持たない物質でも歪みをかけることで電子の持つ内部自由度であるスピン・軌道自由度の整列現象が生じて磁化が生じ得ることを明らかにしました。具体的には、物質を構成しているイオンのスピン状態が僅かな結晶歪みによって変化してスピンの整列現象が引き起こされていることを突き止めました。イオンの持つスピン状態を操ることで電子の内部自由度の整列現象を制御するという手法はこれまであまり認識されておらず、新規な量子現象の開拓やスピントロニクス機能性の開拓に大きく寄与することが期待されます。

本研究は、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の山崎 裕一 助教、中尾 裕則 准教授、熊井 玲児 教授、村上 洋一 教授らと共同で、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」(中心研究者:十倉 好紀)の事業の一環として行われました。また、2013年7月9日(米国東部時間)に米国科学誌「Physical Review Letters」のオンライン版(7月12日号)で公開される予定です。

【研究の背景】

私たちの身の回りにある物質にはミクロに見ると1022個程度の電子が漂っており、多くの場合、物質そのものの電気的・磁気的な性質を支配しています。量子力学では電子は波としての性質と粒子としての性質を併せ持つことが知られています。固体内では電子間の相互作用が弱い場合には電子は波として拡がった状態にありますが、電子間の相互作用が強くなると波としての空間的な広がりが制限されはじめて粒子としての性質があらわになります。電子間の相互作用が強い物質は強相関電子系と言われ、そこでは電子の持つ内部自由度であるスピン、軌道の自由度が顕在化してきます。時としてこれらの内部自由度が秩序化して物質そのものの電気的・磁気的な性質が大きく変わることがあります。このような例として身近なものの一つに磁石があります。磁石では電子スピンが一方向に秩序化することで磁化が生じています。逆に考えると電子の電荷、スピン、軌道の自由度の秩序化を制御することができれば、物質の電気的・磁気的な性質を自在に操ることができることになります。この秩序化・無秩序化を操る方法としてこれまで、温度や電子の密度を変える方法が良く知られてきました。

しかしある種の物質群にはこれらとは異なるユニークな制御方法があります。それは図1に示したようなイオンのスピン状態の可変性です。これまでスピン状態の可変性を制御して電荷、スピン、軌道の秩序化を制御した例は報告されていませんでした。

【研究の経緯】

東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 藤岡 淳 助教らの研究グループは、スピン状態の制御によってスピン・軌道自由度の秩序化を引き起こして磁性を操ることを目的として、非磁性絶縁体として知られるペロブスカイト型LaCoO3という物質に着目しました。この物質の電気的・磁気的な性質はCoイオンの3d電子が支配しています。Coイオンは図1に示したような3つのスピン状態(低スピン状態、中間スピン状態、高スピン状態)をとることが知られています。この系では、温度を変えるとスピン状態が移り変わっていくことが古くから知られていました。低温ではCoイオンは低スピン状態で系は非磁性状態、100 K以上の温度領域では中間スピン状態または高スピン状態となり、系は常磁性状態になります。最近になってスピン状態の移り変わりは歪みによっても引き起こされることが分かってきました。例えばこの物質を薄膜化して歪をかけると低温でも中間スピン状態または高スピン状態が残っていて自発磁化が生じることが知られていました。しかしこの現象をミクロな視点から系統的に調べた研究がなく、歪みによって誘起された磁化の起源は謎に包まれていました。

【研究内容】

藤岡 淳 助教らの研究グループは、LaCoO3薄膜における磁性を磁化測定によって調べ、結晶構造をKEK物質構造科学研究所のフォトンファクトリーの放射光X線回折※2、赤外分光を用いて調べました。その結果、自発磁化が生じる温度(94 K)より高い温度(126 K)で磁化の温度依存性に異常が見られることが分かりました。また結晶格子定数にも同じ温度で異常(結晶構造相転移)が生じることが分かりました。具体的には、もとの結晶格子の4倍の周期に対応する変調が結晶構造に生じていることが観測されました。結晶構造相転移以下の温度領域において更に詳しくX線の偏光を解析した所、入射光と異なる偏光成分が含まれていることが分かりました。また、赤外分光によって格子振動を観測したところ、同じ温度で格子振動のピークが分裂していく様子が観測されました。これらの実験事実からこの構造相転移は薄膜化した際の歪みによって誘起されたCo 3d電子の軌道が整列する現象(軌道秩序)によって生じていると結論付けました。更に、軟X線領域における共鳴X線散乱の予備実験によるとCo 3d電子スピンの磁気構造の周期も4倍周期に対応する構造となっていることが分かりました。この事実はこの系が単純な強磁性体ではなくフェリ磁性体※3であることを示唆しています。

以上の結果から可能性が高いと示唆されるスピン・軌道秩序パターンを図2に示しました。図中ではスピン、軌道をそれぞれ矢印、ローブで示しています。単純な結晶格子にもかかわらず複雑なスピン・軌道秩序が生じたことは、スピン間の相互作用が複数種あってそれらが競合していることの表れであり、それらのバランスを歪みで操ることで磁性を自在に制御できる可能性を示唆しています。

【展 望】

本研究により、磁性を持たない物質であってもスピン状態が可変の元素を含んでいれば僅かな結晶歪みによって磁性体へ転化させることができるメカニズムの一つが明らかになりました。また、本メカニズムの利用により、今後、高感度歪みセンサー開発の可能性が期待されます。

【発表雑誌】

雑誌名:「Physical Review Letters」(オンライン版:7月12日)
論文タイトル:Spin-orbital superstructure in strained ferrimagnetic perovskite cobalt oxide
著者:J. Fujioka, Y. Yamasaki, H. Nakao, R. Kumai, Y. Murakami, M. Nakamura, M. Kawasaki, and Y. Tokura

【問い合わせ先】

<報道担当>
東京大学大学院工学系研究科 広報室
TEL:03-5841-1790 Fax:03-5841-0529
E-mail:kouhou@pr.t.u-tokyo.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構 広報室
TEL:029-879-6047 Fax:029-879-6049
E-mail: press@kek.jp

【用語解説】

※1 強相関電子系
通常の半導体や金属においては、物質中の電子同士の相互作用は弱く、あたかも互いに独立であるかのように振る舞う。一方、遷移金属酸化物や分子性固体においては、しばしば電子同士の相互作用が無視できず、その結果、電子は個別に振る舞うことができなくなる。このような状態にある電子多体系を強相関電子系と呼ぶ。

※2 X線回折
分子が規則正しく周期的に配列した単結晶に単色化したX線を照射すると、結晶中の分子構造と周期性を反映した回折データが得られる。これをX線回折といい、そのデータを収集して解析を行うことで、試料の結晶構造を知ることができる。

※3 フェリ磁性
結晶中に逆方向やほぼ逆方向のスピンを持つ2種類の磁性イオンが存在し、互いの磁化の大きさが異なるために全体として磁化を持つ磁性のこと。

【参考図】

図1 強相関電子系LaCoO3におけるCoイオンのエネルギー準位図。黒線はCo3d軌道のエネルギー準位、矢印は電子スピンの向きを表す。

図2 スピン・軌道秩序パターンの一例。矢印、ローブはそれぞれ電子のスピン、軌道を表す。実線はCoの結晶格子を表す。

関連サイト

東京大学大学院工学系研究科
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(IMSS)
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
高エネルギー加速器研究機構 構造物性研究センター(CMRC)
日本学術振興会 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)
理化学研究所 創発物性科学研究センター(CEMS)

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