電子のガラス状態を発見

-ガラス化メカニズムの普遍的解明へ大きく前進 -

平成25年6月10日

国立大学法人東京大学
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構




発表のポイント

・液体と結晶の中間状態である「ガラス状態」に相当する状態を、固体中の電子で初めて実現し、放射光X線回折※1実験、および電気抵抗の揺らぎの測定により確認
・ガラス化が分子や原子の集合体のみならず、物質中にひしめき合う電子にも見られることが分かり、ガラス化メカニズムの普遍的な理解へ向け大きく前進


【概 要】

最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」(中心研究者:十倉好紀)の事業の一環として、東京大学大学院工学系研究科の賀川史敬 講師、大学院生 佐藤拓朗氏、十倉好紀 教授らの研究グループは、三角格子を持つ層状有機化合物を急冷すると電子がガラス状態を形成することを発見しました。

液体中の原子や分子は通常、低温にすると凍って周期性を持った結晶を組みますが、中には急冷することによって周期性を持たないガラス状態へと凍結するものも数多く存在します。電子同士が強く相互作用し合う強相関電子系※2と呼ばれる物質群においては、いわば液体のように遍歴していた電子が、低温で結晶化して局在する現象がしばしば観測されます。このような振る舞いは通常の液体の結晶化と一見似ているにもかかわらず、結晶化が急冷によって妨げられてガラス化するという現象は電子系においてこれまで知られていませんでした。今回賀川史敬 講師らの研究グループは電気抵抗の揺らぎ※3を10マイクロ秒の分解能で測定すると共にX線回折実験を行うことで、急冷下で電子が10~20ナノメートルサイズのクラスターを形成しつつガラス化することを初めて見出しました。また、電子がガラス化する過程は、液体がガラス化する過程によく似ており、両者の間には普遍的なメカニズムが働いている可能性が示唆されました。電子ガラスの研究を通じて、ガラス化メカニズムの普遍的な理解へ向けて大きく前進することが期待されます。

本研究は、東京大学の鹿野田一司 教授、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の熊井玲児 教授、村上洋一 教授らと共同で行われ、2013年6月10日(日本時間)に英国科学誌「Nature Physics」のオンライン版で公開される予定です。

【研究の背景】

1021個程度の分子や原子から成る集合体は、温度や圧力などの条件によって、その様相が劇的に変わることがあります。もっとも馴染みの深い例が、物質の三態、すなわち液体・気体・固体(結晶状態)の間で起こる相変化です。温度など環境の変化によって相変化を起こすという事情は、固体中の電子にも当てはまります。電気をよく流す金属は、電子が結晶中を自由に遍歴する液体状態と言えるのに対し、遷移金属酸化物や分子性結晶においては、室温では液体的であった電子が、低温環境下でしばしば周期的に配列し、いわば結晶を組んで局在することで、電子が動けない絶縁体へと変化することが知られています。

我々が日常生活で目にするのは必ずしも物質の三態だけではなく、身の回りにはガラスとよばれる状態も数多く存在します。ガラスはあたかも液体のように原子・分子が無秩序に配列していますが、固体のように硬いという、いわば液体と結晶の中間状態と言えます。ガラス状態は、例えば液体を十分速く冷却し結晶化を妨げることで生成することができ、その透明・硬い・表面が滑らかといった特性は市民生活及び産業分野において広く利用されています。一方、固体中の電子に関しては、電子の液体及び結晶状態は頻繁に観測されるのに対し、ガラス状態が実現したという報告はこれまでありませんでした。

【研究の経緯】

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 賀川史敬 講師らの研究グループは、電子のガラス状態を探索する上で、三角格子を持つ層状有機化合物θ-(BEDT-TTF)2RbZn(SCN)4(以下θ-RbZn)に着目しました。この物質は図1(a)に示すように、BEDT-TTF分子が三角格子状に配列した結晶構造を持ち、徐々に冷却すると200K以下で物質中の電子が水平型に配列した電子結晶を形成し、絶縁体となります[図1(b),(c)]。一方で理論的には、BEDT-TTF分子が三角格子を成していることに関連して、水平型、垂直型、対角型などといった様々な電子結晶パターンの間に形成エネルギーの違いは殆どないことが指摘されております。結晶化に色々なパターンが考えられるということは、裏を返せば特定のパターンに結晶化しにくいことを意味します。したがって、急冷などによって容易に電子の結晶化を防ぐことができます[図1(c)]。原子や分子から成る液体におけるガラス化になぞらえて考えるならば、急冷環境下のθ-RbZnにおいて電子ガラス状態 が実現している可能性が高いと期待されます。

【研究内容】

賀川史敬 講師らの研究グループは、θ-RbZnについて、200Kより高温の電子液体状態における電気抵抗の揺らぎを10 マイクロ秒の分解能で測定しました。その結果、電荷液体状態は200K近傍で数ヘルツから百ヘルツ程度の揺らぎを有することが分かりました[図2(a),(b)]。これほど遅い揺らぎは電気をよく流す通常の金属には見られない性質です。また、この揺らぎの速さは固体中で均一でない(動的不均一)ことも同時に見出されました。動的不均一は原子や分子から成る液体においてガラス化の前駆現象として知られていることから、θ-RbZn中の電子液体はガラス化しかけていると解釈することができます。この遅い揺らぎの起源を明らかにするため、さらにX線回折による散漫散乱実験※4を行ったところ、この電荷液体状態において、電子が10ナノメートル程度の大きさのクラスター構造を形成しており、低温ほどクラスターが成長し、それに伴い観測される電気抵抗の揺らぎが遅くなることが分かりました[図2(b),(c)]。

次に、このようなクラスターを有する電子液体が急冷によってガラス状態になるかどうかを検証するために、いったん試料を急冷し、その後温度を上昇させる過程で電子クラスターの挙動を調べました。その結果、120-160 Kの低温領域では、クラスターサイズは温度に依らず一定値をとることが分かりました。これは急冷した場合、クラスターは真に長周期な結晶にはならず、中途な大きさのままガラス状態へと凍結していることを示しています。さらに温度を上げると、170K以上では高温ほどクラスターが縮小するという、図2(c)で示したような電子液体状態で観測される挙動へと変わることが分かりました(図3)。これは電子ガラスが160-170 Kで液体へと融解したことを表しており、電子のガラスから液体への相変化を明確に捉えたものと言えます。原子や分子から成る液体がガラス化した場合の構造については、原子・分子配列が不規則になっているという説と、クラスターから成っているとする説があり、現在でも論争が続いていますが、少なくともθ-RbZnという固体中で実現する電子ガラス状態については、電子のクラスターから成っていることがX線回折実験から示されたことになります。

【展 望】

本研究により、固体中の電子がガラス化することが明らかになり、ガラス化が集合体の構成要素に依らない普遍的な現象であることが示されました。原子や分子から成るガラスは日常生活に溢れており、電子ガラスの研究の幕が開けたことで、今後、原子・分子ガラスを含めたガラス化現象一般の微視的理解が大きく進展することが期待されます。

【発表雑誌】

雑誌名:「Nature Physics」(オンライン版:6月9日)
論文タイトル:Charge cluster glass in an organic conductor with charge frustration
著者:F. Kagawa, T. Sato, K. Miyagawa, K. Kanoda, Y. Tokura, K. Kobayashi, R. Kumai, and Y. Murakami
DOI番号:10.1038/NPHYS2642

【参考図】

図1.  (a) θ-(BEDT-TTF)2RbZn(SCN)4(以下θ-RbZn )のBEDT-TTF相の結晶構造。(b) 想定される様々な電子結晶の配列パターン。θ-RbZn において低温で実際に実現するのは水平型の配列パターン。(c)電気抵抗率の温度依存性。1K/min以下で徐冷した場合は200Kで電子が結晶化し、電気抵抗が増大するが、5K/min以上で急冷した場合は、電子の結晶化は起こらず、電気抵抗は比較的低抵抗状態を保つ。

図2. (a) 電気抵抗の揺らぎスペクトルと、(b) 揺らぎ周波数の温度依存性。(c)X線回折実験より見積もられた電子クラスターのサイズの温度変化。測定は全て200K以上の電子液体状態において行なったもの。

図3. 急冷後の温度上昇過程における、電子クラスターサイズの温度依存性。

【用語解説】

※1 X線回折
分子が規則正しく周期的に配列した単結晶に単色化したX線を照射すると、結晶中の分子構造と周期性を反映した回折データが得られる。これをX線回折といい、そのデータを数千から数万収集して解析を行うことで、試料の分子構造と結晶構造を知ることができる。

※2 強相関電子系
通常の半導体や金属においては、物質中の電子同士の相互作用は弱く、あたかも互いに独立であるかのように振る舞う。一方、遷移金属酸化物や分子性固体においては、しばしば電子同士の相互作用が無視できず、その結果、電子は個別に振る舞うことができなくなる。このような状態にある電子多体系を強相関電子系と呼ぶ。

※3 揺らぎ
一般に電気抵抗率、磁化、といった物理量は、ある平均値の周りで時間的に振動している。このような平均値からのずれを揺らぎという。

※4 散漫散乱実験
原子が規則的に並んだ結晶によるX線の散乱のうち、ブラッグ反射による鋭い方向性をもつ回折のほかに現われる散乱。散漫散乱が起こる原因はいくつかあるが、今回の実験では、電子がナノメートルサイズの微結晶を形成していることに起因する散乱を観測した。

【問い合わせ先】

<報道担当>
東京大学大学院工学系研究科 広報室
TEL:03-5841-1790 Fax:03-5841-0529 
E-mail:kouhou@pr.t.u-tokyo.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構 広報室
TEL:029-879-6047 Fax:029-879-6049
E-mail:press@kek.jp

関連サイト

東京大学大学院工学系研究科
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(IMSS)
高エネルギー加速器研究機構 構造物性研究センター(CMRC)
日本学術振興会 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)
理化学研究所 創発物性科学研究センター(CEMS)

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