本格的なポジトロニウムビームの生成に成功

-絶縁体の表面分析や基礎研究のための新しいプローブ(探針)が利用可能に-

2012年6月20日

学校法人東京理科大学科学技術交流センター(承認TLO)
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構


本研究成果のポイント
○ポジトロニウムビームを世界で初めて超高真空中で生成
○1keV※1を超えるエネルギーにまで自在に加速可能
○ポジトロニウム自身の性質解明や、絶縁体表面を分析する新たな手段として展開

 

【概 要】

東京理科大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の研究グループ(代表、東京理科大学 理学部物理学科 長嶋 泰之(ながしま やすゆき)教授)は、電子1個と陽電子※21個が束縛し合っているポジトロニウム※3を、エネルギーの揃ったビームとして超高真空中で生成することに成功しました。通常、電荷をもたないポジトロニウムは電場による加速ができませんが、今回、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所のパルス状陽電子ビームを用いて生成したビームは、1keVを超えるエネルギーにまで自由に加速することが可能です。
電荷が無いポジトロニウムビームは、絶縁体の分析に適しています。本ビームは、超高真空が不可欠な絶縁体表面の分析に用いることもでき、1keV以上に加速すれば短い寿命の間に1m以上の輸送が可能となり、絶縁体表面にすれすれの角度で入射して回折実験に利用するなど、研究手法としての展開が期待されます。さらに、いまだ謎の多いポジトロニウム自身の性質解明が可能となります。
本成果は米国の科学雑誌「Applied Physics Letters」Vol.100、2012年6月18日号(オンライン版)に掲載されました。
(※)オンライン版掲載日について改訂いたしました。(2012年6月22日)

【背 景】

自然界に存在する最も軽い原子は水素原子ですが、電子と電子の反粒子である陽電子が束縛しあった、「ポジトロニウム」と呼ばれる、水素原子よりもさらに軽い「原子」が形成されることもあります。ポジトロニウムの質量は、水素原子の900分の1程度しかなく、寿命は142ナノ秒(ナノは10億分の1)あるいは0.125ナノ秒で、陽電子と電子が対消滅※4を起こしてγ線になります。これらの寿命は人間の感覚では極めて短いものですが、その間にポジトロニウムは原子として様々な振る舞いをします。
ポジトロニウムは、電子の電荷を陽電子の電荷で打ち消した中性の電子とみなすこともでき、エネルギー可変で向きのそろったビームにすれば物質の有効な分析手段になり得ることは古くから予測されてきました。しかし、実際にそのようなビームの形で生成するのは容易ではなく、これまでは、速度の揃った低速の陽電子を気体中に入射し、気体分子との反応によって生成されるポジトロニウムを引き出すことのみでした。このようにして得られたポジトロニウムは、エネルギーが低い、分析に必要十分な距離を輸送できない、強度が弱い、気体分子が存在する環境の中でしか生成できない、などの問題があり、ビームとしては可能性の限られたものでした。
東京理科大学の長嶋教授のグループは2008年、アルカリ金属を蒸着したタングステンに陽電子ビームを入射することにより、ポジトロニウムにさらにもう1個の電子が束縛したポジトロニウム負イオン※5の大量生成に成功しました。さらに、2011年には、このようにして生成したポジトロニウム負イオンにレーザー光を照射することで、電子とポジトロニウムに分けること(光脱離)に成功しました(Michishio et al., Phys. Rev. Lett. 106 153401 (2011)、プレスリリース「世界初、ポジトロニウム負イオンの光脱離に成功」平成23年4月7日)。今回、これらを発展させ、ポジトロニウムビームの生成に成功しました。

【研究内容と成果】

ポジトロニウムは電気的に中性のため、電場で加速できません。それに対しポジトロニウム負イオンは、負の電荷をもつため、電場により自由に加速、制御できます。加速されたポジトロニウム負イオンにレーザー光を照射し、電子とポジトロニウムに分けると(光脱離)、分かれたポジトロニウムの速度は光脱離前のポジトロニウム負イオンの速度とほぼ等しく、自由なエネルギーをもつポジトロニウムビームを生成できます。
ただし、ポジトロニウム負イオンをそれが消滅する前に光脱離させるには、高強度のパルスレーザーが必要です。このレーザー光を効率良く照射するために、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所に設置されたパルス状陽電子ビームを用いました(図1)。まず、陽電子ビームをナトリウム蒸着したタングステンに入射し、ポジトロニウム負イオンをパルス状に大量生成します。ポジトロニウム負イオンを加速し、同時に高強度のパルスレーザー光を同期させ照射することにより、高効率でポジトロニウムビームを生成させることに成功しました。
生成されたポジトロニウムは、タングステンから80cm離れたところに置かれたマイクロチャンネルプレートと呼ばれる検出器で検出します。レーザー光の照射によってポジトロニウムが生成され、その飛行時間が加速とともに変化する様子が測定され、超高真空中でポジトロニウムビームが生成されていることが、世界で初めて観測されました(図2)。今回の実験で生成されたのは1.9keVまでのポジトロニウムですが、原理的にはもっと高いエネルギーにまで加速することが可能です。


本研究は、東京理科大学大学院理学研究科博士課程3年の満汐孝治(みちしお こうじ)、修士課程2年の鈴木亮平(すずき りょうへい)、立花隆行(たちばな たかゆき)助教、長嶋泰之教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK) 兵頭俊夫(ひょうどう としお)特別教授、柳下明(やぎした あきら)教授、和田健(わだ けん)特別助教のグループによる共同研究です。

<論文名>
「Applied Physics Letters」vol.100
An Energy-tunable Positronium Beam Produced Using the Photodetachment of the Positronium Negative Ion”(日本語名:ポジトロニウム負イオンの光脱離を用いて生成されたエネルギー可変ポジトロニウムビーム)

 

【今後への期待】

この研究によって、エネルギーを自由に変えることが可能なポジトロニウムビームを、超高真空中で生成できることが実証されました。電子や陽電子はエネルギー可変ビームにして様々な場面で利用されているのに対して、ポジトロニウムを「探針」とする技術はエネルギーの制御が難しく、ほとんど行われていませんでした。今回実証されたポジトロニウムビームは、いまだ誰も手にしたことのないエネルギー領域をカバーし、しかも物質表面の分析に不可欠な条件である超高真空中で生成することが可能になりました。これを利用することで物質表面の分析やポジトロニウム自身の性質解明への道が拓けます。

【参考図】

図1 ポジトロニウム負イオンの光脱離を利用したポジトロニウムビーム生成装置。
(a)は装置全体、(b)はレーザー光照射部分の詳細図。

図2 ポジトロニウムの飛行時間スペクトル。EPsは、光脱離によって生成されたポジトロニウムのエネルギー(K. Michishio et al., Applied Physics Letters, vol.100より転載)。最上段のスペクトルと2段目のスペクトルを見比べると、レーザー光を照射した場合は45ナノ秒にピークが現れている。これはレーザー照射によって生成されたポジトロニウムが、45ナノ秒かけて80cm離れたところに置かれた検出器に到達し、観測されていることを示している。ポジトロニウムの加速エネルギーを下げると、ポジトロニウムが検出器に到達する時間が遅くなっていることがわかる。

【用語解説】

※1 keV
 エネルギーの単位。電子1つを1Vの電位差で加速した時に得られるエネルギーを1eV(電子ボルト)といい、1keVは1000eV。

※2 陽電子
 電子の反粒子。電子と等しい質量をもち、電荷は正で電子の電荷の絶対値に等しい。放射性同位元素のβ崩壊や高エネルギーγ線からの電子・陽電子対生成で得られる。電子と出会うと対消滅して2本または3本のγ線になる。

※3 ポジトロニウム
 電子と陽電子の束縛状態(複合粒子)。構成要素である電子と陽電子は対消滅してγ線になる。75%はオルソポジトロニウムと呼ばれる状態で、真空中では142ナノ秒の平均寿命で自己消滅して3本のγ線を生じ(3光子消滅)、残りの25%はパラポジトロニウムと呼ばれる状態で、真空中では0.125ナノ秒の平均寿命で自己消滅して2本のγ線を生じる(2光子消滅)。

※4 対消滅
 粒子と反粒子(本文では電子と陽電子)が衝突し、エネルギー(γ線)となって消滅すること。

※5 ポジトロニウム負イオン
 陽電子1個と電子2個の束縛状態(複合粒子)。平均寿命は0.479ナノ秒で陽電子と1個の電子が自己消滅し、2本のγ線を生じて(2光子消滅)1個の電子が残る。

【お問い合わせ】

<研究内容に関すること>
東京理科大学 理学部物理学科
教授 長嶋泰之(ながしま やすゆき)
Tel:03-5228-8724
E-mail:ynaga@rs.kagu.tus.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構(KEK) 物質構造科学研究所
特別教授 兵頭俊夫(ひょうどう としお)
Tel:029-864-5658
E-mail:toshio.hyodo@kek.jp

<報道担当>
東京理科大学科学技術交流センター(承認TLO)
企画管理部門 担当:松下、宮田
Tel:03-5228-8090
Fax:03-5228-8091
E-mail:tlo@admin.tus.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構(KEK) 広報室
Tel:029-879-6047
Fax:029-879-6049
E-mail:press@kek.jp

関連サイト

長嶋研究室
物質構造科学研究所
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
低速陽電子実験施設(SPF)
Ps-(ポジトロニウム負イオン)実験装置

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