最表面分子の種類と量を追跡できる世界最速の軟X線吸収分光法を開発

2011年08月24日 プレスリリース

触媒反応の仕組みの解明に威力を発揮

平成23年8月24日
高エネルギー加速器研究機構
慶應義塾大学

高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の雨宮健太(あめみや けんた)准教授らの研究グループは、慶應義塾大学理工学部の近藤寛(こんどう ひろし)教授らと共同で、固体の最表面にある1分子層※1以下の分子の種類と量を、ビデオと同じような1秒間に30コマの速さで連続測定できる世界最速の「軟X線吸収分光法」を開発しました。これにより、例えば、自動車の排気ガスの浄化などに用いられる触媒の表面で起こっている化学反応を、実際の動作状態に近い条件で観察することができるようになり、触媒反応の仕組みの解明や、更にはそれを活かした新たな高性能触媒の開発が可能になります。
この研究成果は、米国科学雑誌「Applied Physics Letters」の2011年8月15日(現地時間)号に掲載されました。

1.研究の背景と経緯

自動車のエンジンから出る排気ガスには一酸化炭素(CO)や窒素酸化物(NOX)などの有害なガスが含まれていますが、これを無害なものに変えてくれるのが「触媒」です。触媒は、化学反応を促進する物質で、この中を排気ガスが通り抜けるわずかな間に、排気ガスの浄化が行われます。自動車に搭載されている触媒は「不均一系触媒※2」と呼ばれ、固体触媒の表面で有害なガスの分子が反応して、無害な分子になって出ていきます。
不均一系触媒の場合、触媒の働く場でどのような反応が起きているのかを時間を追って分析することは、高性能化の重要な鍵となります。そのため、固体最表面にどのような分子が、どのくらいの量あるかを直接調べることが必要となり、分光法※3が使われてきました。しかし、軟X線吸収分光法はデータの形状から分子の種類を区別し、1分子層の1/100レベルのわずかな分子まで検出できますが、一つのデータを得るのに数分もかかってしまい、触媒表面で実際に起きている高速の反応を追跡することができませんでした。
そこでこの課題を克服するために、本研究では1秒間に30コマという、ビデオと同じ速さで最表面の化学反応を追跡可能な「波長分散型軟X線吸収分光法」という新しい手法を開発しました。

2.研究手法と成果

波長分散型軟X線吸収分光とは、測定したい表面に位置によって波長が少しずつ変化する軟X線(波長分散した軟X線)を照射し(図1)、それぞれの位置で吸収された軟X線に応じて放出された電子を、別々にとりこむことによって、一度に様々な波長に対する吸収の大きさを得る方法です。軟X線の吸収の大きさが、軟X線の波長(エネルギー)によってどのように変化するのかを示すスペクトルから、表面にある分子の種類と量を正確に求めることができます。
本研究では、この手法をKEK放射光科学研究施設フォトンファクトリーのBL-16Aに設置した、アンジュレータ※4からの小さく絞られた強力な軟X線と組み合わせることによって、1秒間に30スペクトルという高速の連続測定を可能にしました。これによって、触媒表面で起きているような速い化学反応でも、一度の実験で最初から最後まで連続的に追跡することができるようになりました。

また、研究グループではこの手法を用いて、最も基本的な触媒反応の一つである一酸化炭素(CO)と酸素(O)の化学反応が、イリジウム(Ir)という金属の表面で進行していく様子を追跡しました(図2)。Ir表面に1層以下のOを吸着させておき、COを流すことで反応を起こしたものです。反応前に見えていたOの存在を示すピークが、COを流し始めると急激に減り、同時にCOを示すピークが成長してきます。これは、CO+O→CO2という化学反応でOが使われてしまうためです。反応開始から約150秒で完全にOがなくなり、表面にはCOだけが残ります。このようなデータを解析することで、反応中の表面でのCOとOの量が時間とともにどのように変化していくかを正確に見積もることができます(図3(a))。更に、自動車に搭載されている触媒が有効に動作し始める温度(約300℃)に近い277℃では、すべての反応が10秒以内に終わってしまいますが(図3(b))、1秒間に30コマという高速測定のため、COとOの量の変化をしっかり追跡できていることが確認できました。
このように、波長分散型軟X線吸収分光の開発によって、触媒のみならず、さまざまな表面で起こる化学反応を、ビデオと同じ速さで追跡し、分子の種類と量を正確に解析することが可能になりました。

本研究は、文部科学省量子ビーム基盤技術開発プログラムの一環として、KEK物質構造科学研究所G課題(2010G146)のもとで実施しました。また、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の援助を受けています。

文部科学省「量子ビーム基盤技術開発プログラム」採択課題:
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/07/08072808/004.htm

私立大学戦略的研究基盤形成支援事業:
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/002/002/1218299.htm

<論文名および著者>

「Applied Physics Letters」2011年8月15日(現地時間)号
論文名:"Real-time observation of CO oxidation reaction on Ir(111) surface at 33 ms resolution by means of wavelength-dispersive near-edge x-ray absorption fine structure spectroscopy"(日本語名:波長分散吸収端近傍微細構造分光法を用いた33ミリ秒分解能でのIr(111)表面におけるCO酸化反応の実時間観察)
著者:K. Amemiya, Y. Kousa, S. Nakamoto, T. Harada, S. Kozai, M. Yoshida, H. Abe, R. Sumii, M. Sakamaki, and H. Kondoh

3.今後の展開

今後、この手法を使ってさまざまな触媒反応のしくみを解明することで、より高性能な触媒の開発へとつなげていくことができると期待されます。また、この研究を行ったBL-16Aでは「偏光スイッチング※5」の開発を行っており、これを波長分散型軟X吸収分光法と組み合わせることによって、反応中の分子の種類と量だけでなく、分子の向きがどのように変化して反応が進んでいくのかまで知ることができ、反応のしくみの解明がさらに進むと考えられます。

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図1 波長分散型軟X線吸収分光の模式図

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図2 Ir表面におけるOとCOの反応中に測定した軟X線吸収スペクトルの時間変化

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図3 温度の違いによるIr表面におけるOとCOの時間変化

【お問い合わせ】

<研究に関するお問い合わせ>
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
雨宮 健太(あめみや けんた) 准教授
TEL: 029-864-5656
E-mail: kenta.amemiya@kek.jp

慶應義塾大学理工学部化学科
近藤 寛(こんどう ひろし) 教授
TEL: 045-566-1701
E-mail: kondoh@chem.keio.ac.jp

<報道担当>
高エネルギー加速器研究機構 広報室
森田 洋平(もりた ようへい)
TEL: 029-879-6047
E-mail: press@kek.jp

慶應義塾 広報室
山口・久保(やまぐち・くぼ)
TEL: 03-5427-1541
E-mail: m-koho@adst.keio.ac.jp http://www.keio.ac.jp/

【用語解説】

※1 1分子層:
固体表面をちょうど一層だけ覆える分子の量。
※2 不均一系触媒:
溶液のように一様に溶かした状態で用いる触媒を均一系触媒と呼ぶのに対し、固体の状態で用いて、その表面で気体や液体を反応させる触媒のこと。
※3 分光法:
表面に赤外光や紫外線、X線などを当てて、その吸収や反射を見る手法。
※4 アンジュレータ:
SとNの磁極を交互に並べ、上下対にしたものをアンジュレータと言う。この間に電子ビームを通すと電子は磁場を受け蛇行し、放射光を発生する。アンジュレータを用いると、より高輝度のX線を発生させることができる。
※5 偏光スイッチング:
光(軟X線も含む)は波の性質を持っており、その波の振動面が水平面内にある場合を水平偏光、垂直面内の場合を垂直偏光という。垂直偏光と水平偏光を使って測定した軟X線吸収スペクトルを比べると、表面の分子がどちらの方向を向いているのか(配向)がわかる。偏光スイッチングとは、水平、垂直偏光を1秒間に何回も切り替えることであり、これによって反応中の分子の配向を追跡することができる。