分子誕生の瞬間

2015年2月27日

まだ誰も見たことのない現象を捉えた瞬間、どれほど興奮するだろう。これぞ研究者の醍醐味なのかもしれない。

全ての物質は原子から出来ている。原子が分子となり、それらが何百万兆、何千万兆と集まって、初めて私たちが認識できる物質となる。これは良く知られた事実であるが、原子の間に化学結合が作られ、新しい分子として構造が形成されていく過程そのものを、直接観た人はまだ誰もいない。

化学反応というと、フラスコやビーカーの中で液体の色が変わったり、何か物が合成される様子を思い浮かべるかもしれない。しかし、私たちが見てわかる色の変化などは、何千万兆と集まった分子全体の平均的な姿を見ているに過ぎない。一般的な化学反応では、分子の生成と消滅が共に起きており、原子・分子レベルでは、結合と切断がフェムト秒(1フェムト秒=1000兆分の1秒)という途方もない速さの時間スケールで繰り返されている。

この想像もつかない速さで進行する分子の生成過程を捉えようとする研究が行われている。研究を主導してきた足立 伸一 教授(KEK物構研)は次のように語る。「結合を切る瞬間を見ることに比べると、結合ができる瞬間を見ることは桁違いの難しさです。」結合を形成するには、2つ以上の別々の分子が関与する必要があるからだ。そのため実験では、結合前の状態をあらかじめ制御できる溶液を利用した。これは富山大学の岩村 宗高 講師、野崎 浩一 教授らによる時間分解分光の先行研究で使われていた試料で、金メッキなどに利用されるジシアノ金錯体という、金イオンにシアン化物イオンが配位したもの。溶液中で金錯体同士は弱い分子間力によって、金イオン同士が結合しそうでしていない、程よい距離にいる状態の集合体を形成している。ここに紫外線を当てると、光のエネルギーを吸収して金イオンの電子状態は結合性の強い性質に変わり、隣の金原子と共有結合を形成、新しい分子が誕生する。

その瞬間を捉えるには、強力かつ極めて短時間だけ発光するストロボ光をサンプルに当て、高速な反応中の一瞬を切り取って観測する必要がある。ここでいうストロボ光が、X線自由電子レーザーのSACLA(兵庫県佐用町)になる。フェムト秒オーダーという超短時間だけ発光し、原子や分子の姿を捉えられる強力なX線を利用できる。

図1 SACLAでの実験の様子原理はシンプルだが、実際に行うとなると困難の連続だった。実験を始めたのはSACLAが運転を開始してからすぐのこと。それまでにも、KEKにあるフォトンファクトリー(PF-AR)で同様の実験手法で経験を積んできた。PF-ARはリング型の加速器ながらストロボ撮影実験が行えるユニークな光源。そのシャッタースピードはおよそ100ピコ秒(100億分の1秒)で、パラパラ漫画のように分子の動きを捉えることができる。しかし、結合ができる瞬間を捉えるには、更にその一万分の1となる、10フェムト秒のシャッタースピードを持つSACLAでないとできない。SACLAでの実験(図1)はこれまで経験したことのない100倍以上強いストロボ光を使って測定するため、文字通り桁違いの難しさがあった。研究グループはストロボ撮影像の検出手法や、データの解析方法を工夫し、根気強く調整と測定を続け、ようやくその瞬間を捉えることができた。

光をあてる前の金錯体の集合体は、金イオン同士は弱い引力で集まっているに過ぎず、その位置は不安定に揺れ続けている(図2①)。ここに光をあてた瞬間、金イオン間の距離は急激に縮まり、3つの金イオンが強固な直線構造を取ることが分かった(図2②)。この構造変化から金―金イオン間に化学結合が形成され新しい分子が誕生したことが分かる。この後、この分子はピコ~ナノ秒(1ナノ秒=10億分の一秒)の比較的ゆっくりな時間スケールで、構造変化を伴いながら(図2③)金錯体をもう一つ取り込み、4つ繋がった新しい分子へと変化する(図2④)。そして、しばらくするとこの分子はバラバラになり、元の集合体に戻る。この一連の変化全体でも、およそ100ナノ秒という、本当に一瞬の出来事だ。
 化学結合が形成され分子が生まれるフェムト秒という時間のスケールは、物質中の原子の最も速い動きであり、いわば人類は究極の動きを捉えるところまで到達したといえる。

図2 観測された化学結合形成による分子の生成

今まで見えなかったことが、見えるようになるということは、さらに画期的なサイエンスを展開する可能性をも秘めている。光照射によって起こる化学反応の代表に、植物などが行う光合成がある。太陽光など光エネルギーを化学エネルギーに変換し、それを利用して炭水化物を合成するもの。今回開発された分子動画撮影法は、この光エネルギー変換過程を構造的な面から原子レベルで詳細に追跡できるため、植物の光合成反応を模倣して光エネルギーを化学エネルギーに変換する人工光合成の技術開発でも基盤的な観測技術となる。この他、太陽光電池や光触媒など、光エネルギーを吸収して反応に利用しているものは多岐にわたる。研究グループはこれらの機能向上を目指し、研究を続けている。

研究クループ:左から、一柳 光平 特任准教授、深谷 亮 特任助教 野澤 俊介 准教授、足立 伸一 教授

関連サイト

物質構造科学研究所
放射光科学研究施設フォトンファクトリー
時間分解X線回折実験ステーションPF-AR NW-14A
SACLA

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