加速器「火入れ」の時

2014年4月16日

図1 cERL加速器制御室の様子加速器をゼロから作り上げる現場に居合わせる機会は人生にそうありません。

2013年12月末。cERL(コンパクトエネルギー回収型ライナック)加速器の装置動作を確認するための調整試験を控え、制御室には熱気と緊張感とが入り混じっていました。全く新しい方法の加速器としてKEKがERL(エネルギー回収型ライナック)を提案したのは2005年。その技術検証用加速器としてcERLが建設されています。この日は、まさに「火入れ」が行われていました。ゼロから設計してきた加速器に電子が通るか、加速されるか...皆がその時を見守っていました。

図2 cERLの全景

放射光と呼ばれる光は、物質科学や生命科学の研究に利用されています。現在国内には放射光施設が8つあり、それぞれが蓄積型のリング加速器を持っています。これは電子を何周もさせながら光を発生させるものです。KEKのフォトンファクトリーもその一つで、約50の実験ステーションがあり、毎年3000名以上の研究者が利用に訪れています。1982年から稼働し始め30余年、科学の発展に伴い、より優れた性質の光が求められるようになってきました。そこで提案されたのがERL。革新的なのは、加速器を電子が何周もする蓄積型とは違い、電子を一周だけさせて常にフレッシュな状態で利用します。リング加速器では電子を塊にして利用しており、曲がって光を放出する度に電子の塊が広がり、ぼやけてしまいます。放射光は電子から発生するため、電子の性質によって光の性質が決まります。ERLでは新品の電子をまっすぐ加速するため、得られる光は鋭く、また連続的に電子を入射することで、短パルスで高輝度の放射光を作り出すことができます。他方、一周ごとに電子を使い捨てするには問題もあります。毎回電子を加速させるには膨大なエネルギーが必要で、諸般の電力事情を鑑みても現実的ではありません。また、一周して戻ってきた電子はエネルギーが非常に高く、そのまま捨てると発熱や放射化を招いてしまいます。これらを一挙に解決する新技術が、一周して戻ってきた電子のエネルギーを回収して、次の電子を加速させる「エネルギー回収」です。

エネルギー回収と加速を同時に

図3 超伝導加速空洞と電子のイメージ図
cERLでは、9セルの超伝導加速空洞を2本使用している。加速される電子とエネルギー回収される電子が交互に入る。
電子のように電荷を持つ粒子の加減速には、電場を利用します。マイナス同士は反発し、マイナスとプラスは引き合うという、シンプルな性質の延長線です。それを効率良く行うのが、超伝導加速空洞です。この中に高周波の交流電場を作り、電場で引っ張る(押す)ようにして電子を加速します。cERLに使用されている超伝導加速空洞は9個の小部屋がつながったような形をしており(右図)、この中に正/負の向きの電場を交互に作ります。電子が空洞内を通るときに、電場が正の向きになるよう、タイミングをピッタリ合わせることが肝心です。加速されると電子の速度はやがて光速に近づきますが、決して光速を超えることはできません。それでもエネルギーを与え続けると、電場から得たエネルギーは電子自身に「重さ」として蓄えられていきます。

エネルギー回収はこの逆で、電子が空洞内にいるときに電場を負の向きにします。すると電子は電場からブレーキをかけられている状態になり、電場にエネルギーを渡すことになります。空洞内は交流電場なので、電子から受け取った負の向きの電場のエネルギーは次の瞬間には正の向きに変わり、次の電子を加速させるために利用されます。

緊張の初日

冒頭に書いた日は、電子の加速とエネルギー回収が出来るかを初めて試す日でした。試験運転に与えられたのは12月16日から20日の5日間。まず電子銃で電子を発生させます。光速の約80%(390 keV)の速さで電子銃から出てきた電子は、前段超伝導加速空洞で光速の98%にまで加速されます。翌日、入射ビームの調整も終わり、いよいよ主空洞内に電子を導きます。まず主空洞にまっすぐ入るようにビーム軸を合わせます。そして、おそるおそる主空洞のゲート弁を開けます。緊張の一瞬。...3分後、ビームが通り抜けました。「その瞬間に勝ったと思った。」当時を振り返りそう語るのは超伝導加速空洞グループリーダーの古屋 貴章 氏。設計から組み上げ、設置とたくさんの行程の中、ビームを曲げてしまう要素は、いくらでも思いつきます。その一つ一つを丹念に潰してきました。漏れは無いだろうか、ビームが通るだろうか...色んな思いがよぎる、長い長い3分間でした。

3日目、主空洞内に電場を作り、少しずつ強くし、20 MeVで電子が加速されることを確認、ルートを切り替え、加速された電子を周回リングに導き、一周させます。周回してきた高いエネルギー状態の電子と、電子銃からの新しい電子の両方を主空洞に入れます。しかも、加速とエネルギー回収が同時に行われるように、タイミング良く。

そして...主空洞内に2つの電子ビームが同時にいることを確認できました。でも完璧ではありません。戻ってきた電子と新しい電子が合流するタイミングが合わないのです。両者は主空洞に入る手前でちょうど逆位相になるように合流し、"そのまま"主空洞に導かなければなりません。ところが、電子銃から入射したての電子は光速の約98%。対して一周して戻ってきた電子はほぼ光速。この差によって、わずか5メートルほどの行程で光速の電子が前の電子に追いついてしまったと考えられるのです。タイミングがずれると、エネルギー回収、加速が効率良く働きません。「まさか、というのが率直な思いだった。」と古屋氏。そう語る一方で、「特に慌てることなく、最大加速が得られるように、空洞内の電場の位相を合わせた。」とも語ります。ずっと超伝導加速空洞の開発一筋でやってきた経験がそうさせるのでしょう。次の課題は、周回して戻ってくる電子を新しい電子のちょうど逆位相にすることです。これには、予め用意された種々のモニターを駆使してビーム軌道を調整している。

限られた時間の中、出来るだけのスタディを行い、データを収集します。そして1月末からの調整運転に再度挑みました。課題はいくつか見つかったものの、全体的には合格点。次の試験運転では、位相調整を行い、ピッタリと加減速フェーズに電子を乗せること。それが出来たら、次はエネルギーを上げ、ERLに適応する仕様を探っていきます。

ゼロからの開発

超伝導加速空洞インストール打合せ中の様子
左から:佐藤 昌史 技師、野上 隆史 技師、阪井 寛志 准教授、古屋 貴章 教授
この空洞の開発に着手したのは、およそ10年前のことです。ERLの性能を満たす仕様が検討された結果、超伝導加速空洞を作ることが決まり、開発が始まろうとしていました。そして古屋氏のもとには、超伝導空洞の開発という意欲に燃えた研究者たちがKEKの加速器グループの他、東京大学物性研究所、原子力研究開発機構から集まりました。しかし全員が集まれるのは週に2日、当初はひたすら自由に議論をしていました。「違う機関から人が集まると、言葉も違う。」そう語った古屋氏の狙いは、専門用語の意味をすり合わせることでした。たとえ業界人でも、所変われば、使う用語の意味も異なるそうです。そうこうしながら、設計を具体化させていきます。世界には20 ~ 25 MV/mという加速勾配の空洞もある中、cERLでは10 ~ 15 MV/mと設定しました。その理由を「一番大事なのは、安定して動かすこと」と語ります。放射光施設は、多くの研究者に利用されている反面、インフラ同様、安定して動き続けることが求められるからです。「我々の実力で無理なく安定的に運転できる値を探ること、そして空洞の開発やメンテナンスできる人を育てること。」cERLの目的をそう語りました。「今開発にあたっているメンバーは着実に力をつけていますよ。ERL建設の時には彼らが主力になるはずです。」ほとんどゼロから開発を始め、運転までこぎつけた手応えをにじませました。

関連サイト

加速器研究施設
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
ERL計画推進室

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