自然界に学ぶソフトマターの材料設計

2012年7月31日

「ソフトマター」という言葉を聞いたことがありますか?おそらくほとんどの方が初めて耳にすると思いますが、実は私たちの身の回りにあふれています。例えばプラスチックやゴム、これらは主に炭素と水素からなる原子の鎖でできた「高分子」と呼ばれるソフトマターの一種で、ゼリーのように柔らかいものから鉄より丈夫な特殊繊維まで、非常に幅広い性質を持っています。他にも、パソコンのディスプレイに使われる液晶や、手を洗うときに使う石けんも代表的なソフトマターです。身の回りにある金属、ガラス、セラミックス、半導体以外はほとんどがソフトマターと言っても差し支えがありません。

自然はアイディアの宝庫

図1 ロータス効果。新材料を開発するヒントは、実は自然の中にあります。例えば撥水性の布や塗料など、物質表面で水が玉になって転がる様は、蓮の葉の上で水滴が転がる「ロータス効果(ロータスは蓮の意味)」を模倣したものです(図1)。蓮の葉の表面に存在する細かなワックス層の凹凸が水を強力に弾いて水滴をつくり、泥などの異物を水滴と一緒に洗い流しています。また、カタツムリの殻は表面の細かな溝の間が空気中の水を吸着することで、油汚れを弾いてしまう、という見事な方法で表面を常に清潔に保っています。これは洗面台や外壁など、陶器の防汚機能に利用されています。
図2 高分子ブラシ図を利用したナノ接着。このように、物の表面における性質はそれを構成する物質だけでなく、細かな表面構造、特にナノメートル(100万分の1ミリメートル)スケールの構造によっても大きく左右されます。科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ERATO)による高原ソフト界面プロジェクト(代表: 九州大学先導物質化学研究所 高原淳教授)では、このような自然界のしくみを参考に、ソフトマターで高機能性を再現する「ソフト界面」の構築に向けて高分子の合成・構造設計を行っています。例えば、ナノスケールの高分子をブラシのように表面に生やした「ナノ接着」界面は、水に濡らして互いに貼り合わせるだけで接着し、塩水につけると剥離でき、さらに繰り返し利用できるという優れものです(図2)。

中性子を利用したナノ構造観察

図3 中性子反射率計SOFIA。写真奥から手前に向かって中性子ビームが照射される。高機能表面の性能をさらに高めるには、表面の構造と特性の関係を調べ、高機能性の原因を深く理解することが重要です。そのためには、X線や中性子線といった量子ビームを用いた実験が有効で、KEKでは高原ソフト界面プロジェクトと共同でJ-PARCの物質・生命科学実験施設に中性子反射率計SOFIA(SOFt Interface Analyzer/ソフト界面解析装置)を建設しました(図3)。中性子反射率法とは、物質の表面に中性子を照射し、それが反射される様子を解析する実験手法です。
中性子反射率法をキラキラと虹色に見えるシャボン玉を例に説明してみましょう。光は波(電磁波)の一種で、波の振幅が光の強さに対応します。その光がシャボン玉に当たると、膜の外側、もしくは内側で反射が起きますが、反射する角度と膜の厚み、そして光の波長(=色)が条件に合うと2つの光の山と谷がうまく一致します。先ほど述べたとおり光は波の一種なので、「干渉」と呼ばれる現象によって波の振幅が大きくなり、光は強く反射されます(図4)。シャボン膜の厚みが一定だとすると、光が入射する角度で強く反射される光の波長(色)が変わるため、写真のようにシャボン玉を見る角度によって、赤や緑など様々な色が現れるのです。逆に言うと、強く反射された際の角度と波長が分かれば膜の厚みを測定でき、この原理を利用して膜の構造を測定するのが中性子反射率法です。このような手法を用いるには観察する対象と波長が近いことが条件となりますが、人間が見える光の波長は400~700ナノメートルとナノ構造を観察するには長すぎます(シャボン玉の厚みは数千ナノメートル)。一方、中性子の波長は0.1~1ナノメートル程度と非常に短いため、中性子反射率法で中性子の「干渉」を観察することによって表面のナノ構造を調べることができる、というわけです。

図4 シャボン玉の表面における光の干渉。
波長λの光が入射角θで入射、厚さdのシャボン膜で反射した場合の干渉条件。

また、中性子は通常の水素(1H)と天然では0.01%程度しか存在しない「重水素(2H)」を識別できるため特定の部位を重水素で置き換えることで、その部分のみを区別して観測するという隠し技を持っています。他にも、電荷を持たない中性子は透過力が非常に高く、物質の奥にある界面からの反射を観測する、といったことも可能です。
図5 中性子反射率測定による実験結果の模式図。 ERATOプロジェクトでは、これら中性子の特殊な性質を利用して、シリコン基板上に作成したナノ接着用の高分子ブラシを純水、もしくは食塩水に浸して、構造の変化を調べました。ただし、高分子中にも水素がたくさん含まれているので、そのままでは水と高分子の区別がつきません。そこで普通の水(1H2O)の代わりに重水素でできた「重水(2H2O)」を使用することにしました。そして、重水を容器に密閉した状態でシリコン基板側から中性子を入射し、基板表面での反射と、高分子ブラシと重水の界面で反射された中性子の干渉を観測しました(図5)。その結果、高分子ブラシは純水中では伸びきってブラシ層が厚いのに対し、食塩水中ではブラシが縮んでしまい、ブラシ層が薄くなっていることが明らかになりました。高分子ブラシは電荷を帯びた特殊な分子でできています。純水中では、この電荷同士が反発し合い高分子ブラシが伸びきって厚くなります。一方、食塩水中では多数のナトリウムイオンと塩素イオンが高分子ブラシ中の電荷を中和してしまうため、ブラシ同士の反発力が弱くなりブラシが縮んでしまうのです。これは、ナノ接着した高分子ブラシが剥離してしまうことと、深く関係があると考えられます。

一方、ERATOプロジェクトでは、食塩濃度をどんなに高くしても構造がほとんど変わらない高分子ブラシの合成にも成功しています。これは塩濃度の変化など周りの環境変化に対して耐性が高いことを示唆していますが、実は、この高分子ブラシは細胞膜を摸倣したもので、非常に高い防汚性と低摩擦性を示します。自然がこういった優秀な物質を使用していることを感心せずにはいられません。この高分子ブラシは、痛みの少ないカテーテルや人工関節などへの応用が期待されています。我々は自然から学ばねばならないことが他にも数多くありそうです。

この成果は高分子学会の学術誌Polymer Journal, 2013年1月号に掲載される予定です。

関連サイト

ERATO高原ソフト界面プロジェクト
BL16: ソフト界面解析装置SOFIA|KEK
J-PARC物質・生命科学実験施設
物質構造科学研究所
KEK中性子科学研究系KENS
Polymer Journal