ウイルスから学ぶ太古生命体のRNAワールド

2012年2月17日

毎年この時期になると、寒さと乾燥からインフルエンザが流行し始めますね。インフルエンザはインフルエンザウイルスが体内に入り、感染、増殖することで身体に様々な作用を引き起こしますが、一般にウイルス単独では増殖できず、感染させる生物(宿主)のタンパク質を利用し初めて増殖する機能を持ちます。この、生物と無生物の間のような存在のウイルスから、最も原始的な生命の姿が垣間見えるような研究成果が発表されました。

image_01.gif図1 DNAの複製ウイルスは遺伝情報の元となるDNA(デオキシリボ核酸)もしくはRNA(リボ核酸)をタンパク質のカプセルに閉じ込めた構造体です。生物と決定的に違うのは、ウイルス単独で代謝、増殖できないことです。通常、生物が増殖する時にはDNAも複製され、娘細胞にも同じDNAが引き継がれます。DNAはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)(RNAの場合はウラシル(U))の4種類の塩基が並んでできた生命の設計図です。アデニンにはチミン/ウラシル、シトシンにはグアニンが必ずペアになることを利用して1つのDNA/RNAを鋳型としてコピーが作られます。このコピー作業は、細胞が自己の複製を作るときはもちろん、遺伝情報を読み出して(転写)タンパク質を作るときにも、なくてはならない作業です。この生命にとって最も基本的な作業は、多くの種類の酵素と呼ばれるタンパク質が、それぞれ分業で担当しています。ところがウイルスはこれらのタンパク質を自身では持たず、宿主の酵素を利用して自らの遺伝情報をコピーしています。

RNAコピーの様子をコマ撮り観測

image_02.png図2 翻訳因子EF-Tu、EF-Tsの「翻訳因子」としての役割
翻訳因子は全ての生物に存在し、タンパク質の合成に必須のタンパク質である。EF-Tu(赤)はアミノ酸の結合したtRNA(灰)をリボソームと呼ばれるタンパク質合成装置へ運搬する役割を、EF-Ts(青)はEF-Tuをリサイクルする役割をそれぞれ果たしている。
画像提供:産業技術総合研究所
今から40年近く前の1970年代初頭、大腸菌由来の翻訳因子と呼ばれるタンパク質、EF-TuとEF-Tsが、大腸菌に寄生するQβウイルスのRNA合成に必要であることが報告されました。翻訳因子とは、遺伝情報の翻訳、つまり、遺伝情報をもとにアミノ酸をつないでタンパク質を合成する過程で働くタンパク質群です。EF-Tuはアミノ酸の結合したtRNAをリボソームに持ってくる仕事をしていて、もうひとつのEF-TsはEF-Tuをリサイクルする仕事をしています(図2)。これらの翻訳因子が、本来の仕事とは全く違う「自身に寄生したウイルスのRNAのコピー」という仕事に必要であるということは大変な驚きでした。しかし、翻訳因子がどのように、本来の仕事とは違う作業を行なっているのかは、長い間謎となっていました。

それがやっとわかってきたのは2010年になってからです。産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門RNAプロセシング研究グループのリーダーである富田耕造博士は、研究室の竹下大二郎研究員とともに、ウイルスのRNA合成酵素と、大腸菌の2種類の翻訳因子の3者の複合体の立体構造を、世界で初めて解明しました(産業技術総合研究所プレスリリース:ウイルスRNA合成酵素と宿主翻訳因子との複合体の構造を解明)。2つの翻訳因子は、ウイルスのRNA合成酵素が正しい構造を取るのを助ける役割を果たしていたのです(図3)。

h_image_03.jpg図3 RNA合成開始時のQβウイルスRNA合成酵素(βサブユニット:緑)と翻訳因子EF-Tu(赤)、EF-Ts(青)との複合体
2つの翻訳因子は、ウイルスRNA合成酵素を両側から支える構造を取っている。右側の拡大図は、RNA合成酵素中で鋳型RNA(スティック表示:青)と新しく合成されるRNAの部品であるヌクレオチド(GTP:スティック表示:赤)が対を作っている様子。
画像提供:産業技術総合研究所

次に研究グループは、この3者複合体がどのようにRNAを合成していくのか、その過程を捉えることに挑みました。そして、RNAを合成している途中の段階の結晶を複数作り、フォトンファクトリーのビームラインBL-17Aで、それらの立体構造を解くことに成功しました。まさに、ウイルスがRNAをコピーしていく様を捉えたのです。

研究グループは、合成されたRNAの長さの違う結晶を作り、それぞれの構造を調べ、それらをコマ送りのようにつなげることで、RNAのコピーがどのように進むか解明しようとしました(図4)。ウイルスRNAのコピーを行なっているのは、図3中の緑で示したRNA合成酵素の部分のようです。しかし、コピーされたRNAが長くなってくると、2つの翻訳因子EF-Tu、EF-Tsの方向へ送られます。そしてその手前にある突出した「クサビ領域」という部分が、コピーされたRNAと、コピー元である鋳型RNAの間の結合の間にクサビを打つように入り込み、結合をほどきます。そして新しく合成されたRNAはこの複合体から離れていきますが、鋳型のRNAのほうは、RNA合成酵素と翻訳因子の間に形成された出口のトンネルに入りこんで行くことがわかりました。これは、すでにコピーの終わった部分が不安定にならないようにトンネル構造を作って支えることで、すべてのコピーが終わるまで鋳型RNAを安定に保つという重要な役割を担っていることになります。

image_03.png図4 RNA伸長過程のQβウイルスRNA合成酵素複合体の構造
9ヌクレオチド(左)、10ヌクレオチド(中央)、14ヌクレオチド(右)の長さのRNAが合成された状態
画像提供:産業技術総合研究所

生命の進化を垣間見る

太古生命体では、遺伝情報はDNAではなくRNAに保存され、さらにRNAが生命中の化学反応を触媒する「酵素」の役割を果たしていたという、「RNAワールド仮説」が提唱され、この考え方は多くの研究により支持されています。この時代の生命においてはタンパク質ではなくRNAが生命活動を担っていたのであれば、RNA合成システムは、タンパク質合成システムより先に出現したと考えられます。現在ではタンパク質合成に関わっている翻訳因子は、本来RNAゲノムの複製や転写を促進する役割を担っていた可能性があり、今回の研究成果はこれを裏付ける重要な証拠と言えます。研究グループは今後さらに解析することで、生命が進化する過程でRNA合成の機能がタンパク質へ置き換わったとされる進化の過程、起源を解明していくことを目指しています。

この結果は米国のNature Structural and Molecular Biologyの2011年1月16日号に掲載されました。

関連サイト

産業技術総合研究所 プレスリリース「タンパク質合成因子のRNA合成における新たな役割を解明」
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
富田研究室