世界最速で固体表面の触媒反応を見る

2011年11月24日

camera_image_01_2.jpgのサムネール画像「馬が走る時、4本の脚全てが地面から離れる瞬間はあるのか?」今からおよそ150年前、アメリカで疾走中の馬について議論がまきおこりました。これに決着をつけたのが、エドワード・マイブリッジ氏です。彼は12台のカメラを使ってストロボ撮影し、4本の脚全てが地面から離れる瞬間があることを確かめました。時間を短く切りとることで、動くものの姿を捉える技術が誕生した瞬間です。150年経った現在、研究者は、より小さいものの動きをより短い時間で切り取る試みを続けています。固体表面にわずかしか存在しない分子の変化を捉える「高感度分子カメラ」として、フォトンファクトリーの放射光は力を発揮しています。camera_image_01.gif図1 ストロボ撮影による疾走中の馬
米国の実業家リーランド・スタンフォードの依頼により写真家エドワード・マイブリッジが撮影した疾走する馬の様子。12台のカメラを使ってストロボ撮影した写真によって、馬の疾走の様子が初めて捉えられた。
出展:The Library of Congress

私たちが日々利用する自動車の排気ガスには一酸化炭素(CO)や窒素酸化物(NOx)などの有害な物質が含まれています。これらのガスが放出されると、中毒症状や酸性雨の原因となるため、浄化してから排出しなければなりません。そこで働いているのが「触媒」です。触媒は化学反応を促進する物質で、触媒装置中を排気ガスが通り抜ける間に化学反応が起こり、有害なガスの分子が無害な分子になります。触媒の表面で有害物質が無害化される過程では、一体どのように物質が変化しているのでしょうか?

排気ガスの浄化に使用されている触媒は「不均一系触媒」という、固体触媒の表面で反応を起こす触媒です。触媒を高性能化させるためには、触媒の働く「固体の表面」で分子がどのように時間変化しているのかを詳しく知る必要があります。X線よりエネルギーの低い軟X線は、物質の表面を感度良く調べることができる特徴があるので、固体の表面に軟X線をあて、その吸収を調べる「軟X線吸収分光法」がよく使われています。この方法は固体の最表面にどのような分子がどれくらいの量あるかを精度良く調べることができますが、1つのデータを取るのに通常数分かかってしまいます。冒頭の馬の例でいうと、シャッターを1回切る間に馬は走り去っているようなもので、これでは動くものの姿を捉えることはできません。

表面の反応の瞬間を捉える

KEK物質構造科学研究所の雨宮健太(あめみや けんた)准教授と慶應義塾大学の近藤寛(こんどう ひろし)教授らの研究グループは、この軟X線吸収分光法という精度の良い方法で、表面で起こる化学反応を捉えようと考えました。研究グループが使ったのは、「波長分散型」という方法です。太陽光をプリズムで分光すると、場所によって赤から紫の光に分かれる現象が起こります。X線や軟X線も光の仲間なので、プリズムの役割を果たす回折格子を使うと、場所によって波長の異なる軟X線の「虹」を作ることができます。この虹の軟X線を試料表面に照射し、位置ごとに軟X線が吸収されることによって放出された電子を測定すれば、通常軟X線の波長(エネルギー)を変えながら数分かけて測定していたデータを一瞬にして取得することができます。

この手法を、フォトンファクトリーのBL-16Aに設置した「アンジュレーター」という装置から発生する細く絞られた強力な軟X線と組み合わせることで、1秒間に30枚の連続測定を可能にしました。この数が多ければ多いほど速い変化を観察できることになります。1秒あたり30枚という数字は、テレビやDVDなどの動画とほぼ等しく、触媒表面で起こるような分子の速い反応を追跡できる画期的な手段となりました。

camera_image_02.jpg図2 波長分散型軟X線吸収分光の模式図

この方法を利用して、一酸化炭素(CO)と酸素原子(O)の化学反応が、触媒であるイリジウム表面で進行する様子を確かめてみました。イリジウム表面に酸素原子を吸着させておき、そこに一酸化炭素を流しています。反応の進行とともにイリジウム表面に吸着していた酸素原子が急激に減り、一酸化炭素分子が増えていく様子を観測することができました(図3)。実際に自動車触媒が動作する温度は約300℃以上であり、この温度ではすべての反応が10秒以内に終わってしまいますが、1秒間に30コマという高速測定ならばこのような速い反応でも、変化の様子を刻々と追跡することが可能です。

camera_image_03.jpg図3 イリジウム表面における酸素原子(O)と一酸化炭素分子(CO)の反応中に測定した軟X線吸収スペクトルの時間変化

触媒は自動車の有害物質の分解除去だけでなく、工業生産の場や、水素と酸素を反応させてエネルギーを得る燃料電池など、様々な分野で利用されています。ストロボ撮影によって馬の走る様子が解明されたように、この手法を使って物質変化の新たな姿が解明され、より高性能な触媒の開発につながることでしょう。

フォトンファクトリーのビームラインBL-16Aでは、現在「偏光スイッチング」という方法をこの「波長分散型軟X線吸収分光法」と組み合わせる開発を雨宮准教授を中心として進めています。放射光の偏光という性質を使えば、表面の分子の種類や量だけでなく、その分子がどちらの方向を向いているかまで調べることができます。触媒表面での反応の姿をより鮮明に捉えることができるこの技術は、文字通り「高感度分子カメラ」として期待されています。

関連サイト

放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
フォトンファクトリー BL-16A
慶應義塾大学理工学部化学科表面化学研究室近藤研究室

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