全固体型リチウム電池を目指して

2011年9月29日

1990年代に登場したリチウムイオン電池は私たちの生活様式を激変させました。携帯電話やノートパソコン、大きなものでは電気自動車(Pure Electric Vehicle, PEV)やハイブリッドカー(Hybrid Electric Vehicle, HEV)にも使われ、日常のあらゆる場面で見ることができます。そしてその改良は進み、高効率化、長寿命化が進んでいます。今回、そのリチウムイオン電池の歴史に一石を投じる新たな発見がありました。

fig1_Lohner_Porsche.jpgのサムネール画像図1 1900年のパリ万博に出展された電気自動車

蓄電池と電気自動車

電気自動車の歴史は長く、1900年にはパリ万博で電気自動車が発表されていました。その後、内燃機関エンジン車(ガソリン車、ディーゼル車)の普及により電気自動車は衰退し、ゴルフ場のカートなど、ごく限定的な場へと活躍を移していきました。電気自動車をとりまく状況が変わったのは1980年代後半の事です。それまで使われてきた鉛蓄電池(図2Pb)に変わり、エネルギー密度に優れたニッケル水素電池(図2Ni-MH)が開発されたことにより、乗用車としての電気自動車が再び注目を集めることになりました。自動車のように重たいものを加速させるには、蓄電池から一度にたくさんの電気(エネルギー)を取り出す必要があります。エネルギー密度とは、蓄電池の容量、もしくは重量に対して、どれだけのエネルギーが取り出せるかを示す蓄電池の重要な指標です。しかしニッケル水素蓄電池を用いたシステムでも、内燃機関エンジン車と比べると、十分なエネルギー密度とはいえず、航続距離など車としての性能が劣ってしまいました。そのため、電気自動車としてではなく、まずハイブリッドカーとして普及し始めました。蓄電池を用いた電気自動車のためには、さらに高いエネルギー密度の蓄電池と、その充電時間や耐久性などが課題として残っていました。

fig2.gif図2 蓄電池の種類とエネルギー密度
右側にいくほど単位体積あたりのエネルギーが大きく(したがって小さくできる)、上側にいくほど単位重量あたりのエネルギーが大きい(したがって軽くできる)電池であることを示している。

大きな転機となったのは、同時期に市販され始めたリチウムイオン電池(図2Li-ion)の登場です。リチウムイオン電池はニッケル水素電池よりもさらにエネルギー密度が高く、小型化できるために、まず携帯電話やノートパソコンなどへと利用が広まり、技術革新が世界中で激化することとなりました。その結果、1990年から2005年までの15年間でエネルギー密度は5.2倍にまで大幅に向上したのです。しかし、安全面など課題があったため、大型化には時間がかかり、近年ようやくリチウムイオン電池を大型化することが可能になりました。また一方で、自動車業界では昨今のCO2削減、低燃費の動きが強まり、多くの電気自動車やハイブリッドカーが開発され、急速に普及し始めています。

fig3.gif図3 リチウムイオン電池の構造
充電時、リチウムイオンは正極から取り出されて負極の炭素結晶の層間や隙間に挿入される。放電時には、負極に挿入されたリチウムイオンが徐々に抜け、正極の結晶中に戻る。

より安全なリチウムイオン電池を

リチウムイオン電池は、酸素とリチウム、コバルトなどの金属がお互いに層状に重なった結晶の正極(図3右側)と、グラフェン層(炭素の網目構造)が層状に重なった結晶の負極(図3左側)が、電解液に浸された構造をしています。正極、負極それぞれの層の間にリチウム(Li)が入り込み、電解液を通ることで充電、放電を繰り返します。現在私たちが使用しているリチウムイオン電池は、この電解液が可燃性であるため、電池パックの損傷などによりショート、発火する危険性があり、安全装置が必須とされています。特に自動車の場合、搭載している電池も大きく、事故などで電池そのものが損傷してしまう可能性もあります。より安全性を高めるため、可燃性電解液の代わりに固体電解質を利用し、電池全てがセラミックスでできた全固体型リチウム電池にすることが研究者の究極の目標でした。

そこで、東京工業大学大学院の菅野了次(かんの りょうじ)教授、平山雅章(ひらやま まさあき)講師とトヨタ自動車株式会社の加藤祐樹(かとう ゆうき)氏らの研究グループは、固体電解質として可能な物質を探索して硫化物材料Li10GeP2S12を発見しました。イオン伝導率が高い物質ほど、電解質として優秀なのですが、これまでに発見されている固体電解質のイオン伝導率は0.1m~1mScm-1と、現在利用されている有機電解液の10分の1以下ほどでした。それに比べ、今回発見したLi10GeP2S12は室温(27℃)で12mScm-1を示し(図4)、現在利用されている有機電解液のイオン伝導率をも凌駕する値でした。この理由を明らかにするため、菅野教授らはKEK物質構造科学研究所の米村雅雄(よねむら まさお)特任准教授、神山崇(かみやま たかし)教授と共同で、大強度陽子加速器施設J-PARCの超高分解能粉末中性子回折装置SuperHRPD(BL08)を利用してLi10GeP2S12の構造を調べました。するとこれまでにない三次元骨格構造を持つ物質であり(図5)、その骨格構造内にリチウムが鎖状に連続して存在するために、このような高い伝導率を持つことが分かりました。

fig4_Arrheniu.jpg図4 各種超イオン伝導体のイオン伝導率と、今回発見した超イオン伝導体のイオン伝導率の比較
リチウムイオン電池に用いられている有機電解液やゲルポリマー電解質に加え、ドライポリマー系、無機非晶質系など様々なイオン伝導体のイオン伝導率を併せて示している。図は伝導率の温度依存性を示しており、特に室温から低温にかけて、今回発見した物質が最も高いイオン伝導率を示すことがわかる。

fig5_Li10GeP2S12.jpg図5  Li10GeP2S12の結晶構造とイオン伝導経路
左に全体の結晶構造、中央に三次元の骨格構造を、右に一次元のリチウムイオン伝導経路を示す。右図上部にリチウムイオンの熱振動の様子を示す。リチウムイオンは上下方向に非常に大きく熱振動しており、リチウムが超イオン伝導に関与していることがわかる。

更に菅野教授らは、発見したLi10GeP2S12を使い、全固体電池としての動作を調べ5V以上の分解電圧を持つことを示しました。この結果は、リチウムイオン電池にもたらした大きな革命として、英国の科学誌Nature Materialsの7月31日号に掲載されました。
リチウムイオン電池は東日本大震災以降、非常時の電気供給源としての需要も高まり、今後ますます利用拡大が見込まれています。その上で、安全性や効率、耐久性は欠かせません。今回の発見は、それらをすすめる大きな一歩としてリチウムイオン電池の歴史に刻まれることでしょう。

関連サイト

東京工業大学大学院総合理工学研究科物質電子化学専攻 菅野・平山研究室
トヨタ自動車株式会社
J-PARC 物質・生命科学実験施設
中性子科学研究系
キッズサイエンティスト 中性子回折法による新型電池の研究
Nature Materials

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